SNSが招いた退学処分 保育士の卵の誤算

日本経済新聞
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 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、
当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。
裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 インターネットは世界につながっている。
SNS(交流サイト)で発信したメッセージや画像に対し、
友人や知人が即座に反応してくれる。
見知らぬ人が共感や称賛の声を送ってくれる。
だが、不快に思われたり、反発されたりすることも当然ある。
身の回りの思わぬ人の目に留まり、厳しいペナルティーを科されてしまうことだってある。

 「書き込み内容に本校学生として不適切なものがありましたので退学処分にします」。
保育士を目指して専門学校に入ったその女性は、
SNSへの書き込みを理由にわずか2カ月で学校を追われることになってしまった。

■たまたま見つかった「不適切」画像

 学校側にSNSが発覚したのは偶然だった。
女性が提出した課題のリポートの内容に教師の一人が興味を持ち、
名前をインターネットで検索してみたところ、実名で公開していたSNSが出てきた。
恋人とキスする様子など教師が眉をひそめるような画像もあり、
書き込みは別の掲示板などにも転載されていた。

 専門学校は礼儀や服装について厳しい教育方針を定めており、
髪を染めるのもマニキュアをするのも禁止。
学則には「生徒としての本分に反した者は退学などに処する」と明記していた。

 SNSを発見した後、学校側は女性が校外実習に参加するのを禁じ、面談に呼び出した。
「SNSをやっていたからって参加できないんですか?」。
抗議する女性に対し、教師は「あなたのSNSは実名で内容も赤裸々。
保護者の方が見てどう(思う)かなって」と非難の言葉を返した。
「それにあなたの名前を入れると(他の掲示板などに)まだ出てくるじゃない」

 女性は学校側の要請に応じて書き込みの一部を削除したが、
ネット上に転載されたすべてを消すことはできなかった。
「あれはもう私がどうこうできるレベルじゃない。逆にどうしたらいいんですか」。
女性は訴えたものの、「あなたの責任でそれを書いたんでしょ。
その結果は自分が受け止めなきゃいけないことじゃない」と取り付く島もなかった。

 女性は学校側が求めた自主退学に応じず、
退学処分になった後、「違法な処分で損害を受けた」として
学校側に慰謝料や入学金・授業料の返還など
約800万円の支払いを求める訴訟を起こした。

 「校風を知って入学したのだから、処分の可能性は予想できたはず」。
学校側は裁判で「拡散された情報の削除が簡単ではないことは承知していたし、
そのような無理を求めた記憶はない。
ただ保育士としてふさわしくない者がいると思われる事態を阻止したかった」と主張した。

 退学処分は妥当だったのか。
裁判所が重く見たのは学校側の処分の早さだった。
SNSを発見してから退学処分まで20日余り。
関連証拠から、学校側が早々に女性を見放し、
保護者らに見つかる前に問題を収束させようと
「結論ありき」で処分を急いだ様子がうかがえた。

■「退学処分は違法」の判決は出たが…

 裁判長は判決で「処分の時点で女性に改善の見込みがなく
退学がやむを得なかったとは認められず、
教育上の配慮に欠ける」と指摘。
「退学処分は違法」と結論付けた。

 ただ、書き込みの削除を要請したことは
「学校に与えられた教育上の措置の範囲内」と認め、
女性側が300万円を求めていた慰謝料は10万円しか認めなかった。
入学金や授業料の返還などと合わせ、
学校側に支払いを命じたのは計106万円。
双方とも控訴せず、判決は確定した。

 女性は退学処分の前、学校側に提出した反省文にこう記していた。
「私が将来母親になったとき、日常を赤裸々に公開し、
コンピューターリテラシーすら持ち合わせていない保育者に子供を預けたくない。
経営者でも同じで、そんな人間を雇おうと思わない。
友達や家族でも同じ。本当にバカなことをしてきたと反省しています」

 女性は濃い化粧や派手な服装で人目を引いたが、
欠席もせず熱心に授業に参加していたという。
SNSの内容に他人の悪口などはなく、
専門学校についての書き込みも前向きな内容だった。
学校側の証人として出廷した教師は
「授業態度やリポートはまじめに取り組んでいたので残念です」と振り返った。
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