誰も語らない、子どもの「性的虐待」の現実 ~ 「魂の殺人」が放置される日本~

子どもの頃に性的虐待の被害にあった女性は、自傷行為に苦しんでいます(写真は植田恵子さんのショートフィルム「性被害 小学6年生、そろばん塾の先生に」より)
東洋経済オンライン
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あまり知られていませんが、日本の子どもは高い頻度で性虐待、性被害に遭っています。大人が見て見ぬふりをして、被害経験に耳を傾けないため、子どもたちは被害届も出せず、親にも言えないまま成長し、死にたい気持ちを抱えていることが多いのです。
被害者の体験談を基にショートフィルムを制作したジャーナリストの植田恵子さんと、弁護士として性虐待被害者の話を数多く聞いてきた寺町東子さんに対談していただきました。驚くべき実態を伝えるとともに、被害者救済策を考えます。

 日本における、子どもの性被害の実態

――植田さんは7月初旬、「届かぬ声 『性被害』 ほんとうのこと」という5本のショートフィルムをネット上に公開しました。被害がごく幼いときに起きていて、学校の校長先生やそろばん塾の先生が加害者である例、親に援助交際を強要されている例にショックを受けました。自分は大人なのに、何も知らなかったんだ、と思いました。
植田私自身、取材をするまで知らないことが多く、映像を見てくださる方と同じです。性被害の取材をしたきっかけは、テレビ番組の制作でした。ショートフィルムにも登場するNPO BONDプロジェクト代表の橘ジュンさんの活動を撮影したのです。
BONDは、渋谷など繁華街にいる女の子たちに声をかけたり、「生きづらい」と感じる女の子の電話相談に乗ったりしているNPOです。ジュンさんに取材をする中で「これから、こういう女の子に会いに行くんだけど、一緒に来る?」と声をかけていただくようになりました。
取材を続けるうちに、学校でのいじめや、親が厳しいことなどを「生きづらい」と表現していた子が、関係が深まるにつれ性虐待の過去を語り始めることがありました。家や学校に居場所がなく、繁華街やインターネット上をさまよう子が被害に遭うなど、女の子たちにとって性被害が、とても身近で頻度の高い問題だと感じるようになりました。
日本初の大規模調査(日本性科学情報センター「『子どもと家族の心と健康』調査報告書」1999年)によると、18歳未満の女の子の39.4%、男の子の10%が性的被害を受けています。13歳未満で見ても、女の子の15.6%、男の子の5.7%が被害に遭っています。詳しくは『子どもと性被害』(吉田タカコ著、集英社新書)や『子どもへの性的虐待』(森田ゆり著、岩波新書)などに書かれています。
――起きてはいけないことが、こんなに高い率で起きているのですね。DV被害者支援に取り組むNPO法人シェルターネットの調査によれば、圧倒的多数の加害者が実の父親(「DV家庭における性暴力被害の実態/性暴力被害に遭った子どもたちのサポートマニュアル」特定非営利法人全国女性シェルターネット)ということで、これもショッキングな事実です。
ところで植田さんは、最初から「性犯罪被害者の取材をして短編映像を作ろう」と思って企画したわけではなかったのですね。
植田そうです。最初はジュンさんの活動を追いかけていたので、期せずして女の子たちが抱えているもの、性被害の深刻さ、それが身体と心をどれほど傷つけているか、知ることになりました。

被害を隠し、追い詰められていく女の子たち

ジャーナリストの植田恵子さん
被害者の女の子たちの話を聞いて驚いたのは、家庭内で性的な被害を受けていても隠したり、学校では元気なフリをしていること。そして私たちのインタビューに「平気」とか「慣れているから」と話すことです。無理をしている反動で暴れて記憶を失くしたり、リストカットをして、腕を切り刻んだりしていました。
彼女たちの話を聞くうちに「自分が子どもの頃、クラスに被害を受けている子がいたかもしれない」と思いました。「私が気づいていなかっただけかも」と。
――周囲の人が被害に気づくのは難しいですか。
植田:たとえば、いわゆる非行や、服を脱ぐことを極端に嫌がることもサインのひとつであると気づきました。自傷、自殺未遂、摂食障害や精神的な不調という形で現れることもあります。
ただ、被害に遭ったことを本人が言うのは、現状ではとても難しいですね……。たとえばショートフィルムの中に、小学6年生のとき、そろばん塾の先生にレイプされた女の子が出てきます。彼女は私が取材で撮影するときまで、本当のことが言えませんでした。
彼女の妹も同じ人から被害に遭っているのですが、レイプではなく、触られた。それを親に言ったら「けがらわしい」と言われてしまった。それを見て「自分はもっとけがらわしいことをされた」と思って、親に言えなくなったそうです。彼女はその後、男性恐怖症になり、男性が近くに来るとパニックになって手首を切って病院に運ばれることもありました。
何も事情を知らない学校や周囲の人に、彼女は「大変な子」と映ったでしょう。でもレイプされていたと知ったら、どうでしょう。レイプは本当に深刻なPTSDをもたらします。法務省の性犯罪の罰則に関する検討会で資料として使われたアメリカの大規模調査(1995年刊行の論文“Posttraumatic Stress Disorder in the National Comorbidity Survey”に詳細あり。15~54歳、5877人を対象に行われた調査)では 、戦争よりレイプのほうがPTSDの発症確率は高いことが実証されています 。
寺町:確かにレイプ被害者は「魂の殺人」という言葉をよく使います。私が代理人を務めた北海道釧路市の事件の被害者は3歳から8歳まで、叔父からレイプを含む性虐待を受けていました。彼女は「殺してくれればよかった。殺してくれたら、警察も動いてくれたのに」と言っていました。

釧路市の事件の壮絶な実態

弁護士の寺町東子さん
この事件は昨年秋、札幌高等裁判所で被害者の訴えの大半が認められ、約30年前の事件でしたが、被害認定されました。その後、今年7月上旬に、最高裁判所で被害者の勝訴が確定しました 。
先ほど植田さんは「記憶をなくす」とおっしゃいましたが、性犯罪の被害者に多い症状です。解離性障害とか解離性同一性障害とか言われますが、もうひとり自分がいて斜め上から見ている感覚があるという方や、多重人格になって「自分には十数人の人格がある」という方もおられます。
釧路の事件の被害者は、解離症状で出てきた「もうひとりの自分」と「本当の自分」と、どっちの自分が本当に生きているのかわからない感覚の中で時を過ごしてきました。今、治療過程にあって、今まではつらさや痛みを引き受けてきてくれていた「もうひとりの自分」が統合されてきて、逆に「本来の自分」が全身に激しい痛みを感じるようになってつらいそうです 。
彼女の苦しみを目の当たりにし、人を殺したら罪になるのに、子どもを強姦して、その子が長い年月生きているか死んでいるかわからないような苦しみを背負っても、黙っておけば何らペナルティを受けないという現状は、間違っていると思います。それは、その子の魂を殺すに等しい行為なのですから。
――ひどい犯罪の被害者なのに、被害者が救われない現状は、社会も法制度も問題だらけですね。
植田被害は認識できて初めて被害になると思います。でも、子どもだと、何が起きているのかわからないことが多いのです。勇気を振り絞って親や友達に話しても、嘘だと思われ信じてもらえなかったり、「汚い」と言われたり 、ますます傷が深まって本当のことが言えなくなる。被害者は口をそろえて「普通の子でいたい」「重いからと引かれたくない」と言うのです。被害を受けた側が周囲に気を使っている。
幸運にも、話を聞いてくれる人を見つけたとしても、被害者本人と支援者の間には溝も大きいのです。たとえば同居の親が加害者であれば、支援者は全力でその子を逃がそうとします。でも、本人は逃げられない。逃げてはいけないと思っていたり、そんな親でも愛していたりする。
逃げたい気持ちとそれでも家族を愛する気持ちの間で迷っているときに「逃げろ」と言われると、逃げたい気持ちを引っ込めて親をかばってしまうことがあるのです。本来、すぐにでも親から引き離すべき虐待なのですが、本人の気持ちが混乱している状況で「逃げろ、逃げろ」と言うことは、時に被害者をよくない方向に追い詰めることになります 。
いろいろなハードルを越えて、逃げたり訴えたりしようと考えても、びっくりするほど支援のリソースがない。小さな子どもはすぐに保護されても、10代後半になると保護されにくくなります。自分の意思で動けるようになると、本人の意思に反してさらうように保護するのは難しい。仮に児童相談所に尋ねられても、本人が「何もされていない」とうそをついてしまったり、保護されても自分から親のところに戻ってしまったりすることもあります。
被害者が何に苦しんで何をひとりぼっちで抱え込んでいるか、現実を知りたくて撮影を続け、何が起きているのか、多くの人にわかってほしくて、このショートフィルムを作りました。

被害の傷跡は何年、何十年も消えない

――「犯罪白書」(平成24年版)では、強姦の加害者に占める親族の割合は4.6%、強制わいせつの場合、1.6%となっています。これは検挙された事件に限った統計なので、植田さんが取材された女の子たちのように、実際は、何年も言えずにいる被害者が多いのでしょうね 。寺町さんは弁護士として、子どもの頃、性虐待を受けた被害者に多く接しています。被害者は何を求めていますか。
寺町:被害者が弁護士に相談しよう、と思えるようになるまで、何年も、いえ、何十年もかかることが多いです。
たとえば成人女性からは「子どものとき、叔父や兄から性被害を受けた。今から訴えられないか」という相談を受けることがあります。
また、相続が発生したときに「過去に受けた性的虐待の事実は相続分を決める際、関係ないのか」とか、かつて自分に性虐待を行った加害者が困窮しているので扶養してほしい、という通知を自治体から受け取り「こんなひどいことをされたのに、自分に扶養義務があるのか」といった相談もあります。
民法の規定で、直系だと強い扶養義務(生活保持義務)がありますが、傍系だと弱い扶養義務(生活扶助義務)しかないので断れますよ、直系でも過去に受けた虐待の事実を説明すれば考慮されますよ、とアドバイスしますが……。
ほかには「加害者と縁を切りたい」とか「名前を変えたい」といった要望もあります。日本には絶縁の制度はないので、加害親族が追いかけようと思うと、追いかけてこられることが問題です。
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