読売新聞様
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いつまでも風呂場に響く泣き声。懸命にあやしながら、夫婦は途方に暮れていた。
7月、もく浴を夫婦だけで挑戦することにした。幸恵さんが先に湯船につかり、準備ができたら夫を呼ぶ。すかさず洋さんが服を脱がせ、手渡す段取りだった。
耳に入らないよう、慎重に湯をかける。安心させるために歌を歌ってあげる。あれこれ工夫しても、泣きやむどころか、だんだん悲鳴に近い声に変わる。
「結愛、どうして泣いているの?」
幸恵さんは娘の体をくまなく触ってみる。相手の表情が見えないのが、こんなにもどかしいなんて。
1週間後、あっさり理由がわかった。目の見える洋さんの弟、翔さん(21)が風呂場をのぞいて叫んだ。
「何してるの。電気、ついてないじゃん」
全盲の2人はそれまで、夜に電気をつけるという習慣がなかった。その必要がないからだ。翔さんが急いでスイッチを入れると、結愛ちゃんは泣きやんだ。
「気づかないなんて、ママたちダメね。ごめんね」。幸恵さんはため息をついた。
◎
藤原さん夫婦は2013年7月、鳴瀬川のそばの一軒家を購入した。育児を手伝うため、洋さんは勤めていた市内の鍼灸 治療院を今春に退職。視覚障害のない洋さんの母・里洋 さん(46)、翔さんの計5人で暮らす。
夫婦はともに10代後半まで視力があった、いわゆる「中途失明者」。光を失っても、形や色は想像できる。
だが、子育ての難しさは想像をはるかに超えていた。
ミルク作り一つとっても、ポットから注ぐ湯の量が見えず、最初は哺乳瓶からあふれて足をやけどしてしまった。以来、こぼれる湯を受け止める茶わんを瓶の下に置いている。
おむつ替えも難しい。結愛ちゃんが動いてウンチが足にべっとりついても、2人は気づかない。洋さんは自分の腕に汚物をつけたまま丸一日過ごしたこともある。
母の里洋さんが何かと手伝ってくれるのは、心強い。しかし、夫婦は「できる限り自分たちの力で育てたい」と心に決めていた。
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