保育士の激務は年収323万では割に合わない このままでは、さらに保育士が足りなくなる


東洋経済ONLINE様
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2月に入って、保育園に子どもを預けたい親にとっては不安な日々が続いている。4月入園の承諾・不承諾通知が届き始めているのだ。政府はこれまで保育施設の整備に取り組んできたが、いまだ待機児童の解消には至っていない。
潜在保育士80万人なのに、なり手がいない
子どもを見ながら膨大な書類を作成
受け皿拡大でさらに保育士の負担が増す
2013年には「待機児童解消加速化プラン」により、2017年度末までに40万人分の受け皿を確保する目標を掲げた(2015年に目標を50万人に引き上げ)。さらに2016年には匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」が注目され、緊急施策として臨時的な受け入れ強化などが打ち出された。しかし、受け皿の整備を上回るペースで女性の就業が増えている。
今、大きな問題となっているのが保育士不足だ。とりわけ東京都では昨年、保育士の最需要期の有効求人倍率が6倍を超えるなど、深刻な人手不足が続いている。2017年度末までに50万人分の受け皿を確保するには、2013年度比で新たに約9万人の保育士の確保が必要になる。一方で保育士資格を持ちながら就業していない「潜在保育士」は80万人以上と推測される。
2013年の厚生労働省の調査によれば、潜在保育士が保育士としての就業を希望しない理由は「賃金が希望と合わない」がトップ(回答者の47.5%、複数回答)。子どもの命を預かる責任の重い仕事でありながら、全国平均で年収323.3万円(平均年齢35.0歳)と、全産業平均(489.2万円、平均年齢42.3歳)と比べて低いことが問題視されてきた(2015年賃金構造基本統計調査)。政府は2013年以降、段階的に保育士の賃上げを行っており、2017年度も2%(約6000円)の賃上げを行うほか、民間の認可保育所で働く中堅保育士には月給約4万円が上乗せされる方針だ。
とはいえ、ただ賃金を上げれば保育士が確保しやすくなるとは限らない。保育の現場には長時間労働になりやすい構造があり、サービス残業や仕事の持ち帰りが常態化しがちだ。業務負担の大きさから疲弊してしまう保育士も少なくなく、潜在保育士の就業をためらわせる要因にもなっている。
保育士の労働問題に取り組む「介護・保育ユニオン」には2016年6月の設立以降、半年超の間に保育士から122件の声が寄せられた(2017年1月末時点)。うち労働基準法違反が疑われるものが8割(「賃金未払い」91件、「休憩が取れない」78件、「有休が取れない」24件。複数回答)に上り、「パワハラ・いじめ」も28件あった。
「保育士からよく聞くのは、『賃金を上げたい』というより『余裕を持って保育をしたい』という声。休憩を取りたい、持ち帰りの仕事を減らしたいと訴える人は多い。せっかく保育が好きで仕事に就いても、長時間労働が続くとやっていけなくなる」(介護・保育ユニオンの森進生代表)。
なぜ、保育現場では長時間労働が横行してしまうのか。それにはいくつかの理由がある。まず、保育のための作成書類が多いことだ。保育士には、保護者に子どもの様子を伝達する連絡帳をはじめ、年間計画、月案、週案、日案といった保育計画、自治体に提出する書類など、膨大な事務作業がある。子どもを見ながら、こうした作業をすべてこなすことは難しく、どうしても残業や持ち帰りに回す作業が発生しがちだ。
こうした書類は、保育士が手書きで作成しているケースも多く、一般的なオフィスのようにITによる効率化はまだ進んでいない。連絡帳など保護者との情報共有にアプリを導入する例も出てきているが、一方で「パソコンが苦手な園長やベテラン保育士はいまだに多い」(業界関係者)。書類には子どもの個人情報が記されている場合が多く、セキュリティ対策も必要になる。資金に余裕がある園でなければ、IT化の推進に踏み切りにくい。
もう一つの理由は、保育士自身が「子どものために」と頑張ってしまうことだ。季節の行事や発表会の準備をしたり、壁を飾る折り紙や絵などを作ったりといった作業に、多くの時間が割かれてしまう。子どもを思うあまり、昨年の制作物の使い回しをためらう保育士もいる。また、こうした行事や制作物の作業を減らしたいと思っていても、園の慣習などの理由で続けざるをえない場合や、保護者からの要請やクレームを受ける場合もある。
「保育所では子どもの安全・安心を確保すること、きちんと保育の記録をつけることなど本質的な仕事をきちんとするべき。(保育士の負担が大きければ)子どもに歌や踊りを仕込むような特別な発表会や、過度な壁の装飾などは省いたほうがよい」と、ジャーナリストで東京都市大学客員准教授の猪熊弘子氏は指摘する。
さらに、政府が進める保育の受け皿拡大が、保育士の負担増を招いている側面もある。
待機児童解消のために定員の弾力化(定員を超えて入所できるようにすること)、面積基準の緩和(時限措置)、保育士の配置基準の緩和など、保育所の基準の緩和が相次いで行われてきた。
「規制緩和で仕事の負担が増し、何か事故が起きたら責任を問われる。こうした状況が、潜在保育士を遠ざけている」と、保育園を考える親の会の普光院亜紀代表は指摘する。
たとえば、従来型の保育所には設置基準より面積に余裕を持って作られた施設もあるが、近年はマンションの一角に設置基準ぎりぎりの面積で作られ、園庭もない保育室も多い。狭いスペースでは、子どもの安全を確保するために保育士が配慮しなければいけない場面が増える。園庭がないと、近隣の公園などに散歩に出掛ける頻度を増やさなければならない。
待機児童対策としての受け皿拡大が、かえって保育士不足につながっているというパラドックス。今後は保育士の「働き方改革」を、待機児童対策の本丸とする必要がある。
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