8月は、保育士大量離職の危険が蓄積する


ヤフーニュース様
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 毎年、年度末に保育士が大量離職する現象がみられる。子供たちとのかかわりの「区切り」になることが、年度末の大量離職が引き起こされる直接の原因だろう。ただ、彼らが退職を決意するのは年度末ではない。実は、今頃の時期、保育士からの「年度末に離職を考えている」という労働相談が増えるのである。
 そこで今回は、「今」の時期、退職を考えている保育士がどのような状況に置かれているのか、そして大量離職の問題をどのように解決すべきなのか、考えたい。
 

保育士が年度末に大量離職する理由

 まずは、離職の理由を確認しよう。実際に年度末で辞めた保育士たちに、やめた理由を聞いた。
 Aさん(40代女性)は昨年度末で立ち上げからかかわっていた園を退職した。職場環境の改善を求めたことを理由にボーナスを減らされ失望してしまったためだった。
 Aさんはどの保育士も「みなさん口をそろえてまずは年度末までは頑張る」という。「一番の理由は、子どもたちとのかかわりの区切り」というのが、年度末という時期を選んだ理由だ。
 「この先もこの職場に期待ができないと思った時でも、特に担任を持つと、年度末までは続けよう、年度内は責任をもって子どもたちを進級させたいと考えるのが普通」だというのだ。
 Aさんのように、子供をおもんばかって「自主的」に年度末まで我慢する保育士が多い一方で、半ば強制的にいやいや年度末まで我慢させられている場合もある。
 職場環境が悪い保育園ほど離職者が多いのだが、園長の側が「無理やり続けさせよう」としてパワーハラスメントが増え、かえって職場環境が悪化し、辞めたい保育士が増えるという悪循環に陥っている場合も多いのだ。
 Bさん(30代女性)は子育てをしながら保育士を続けるパート保育士だ。Bさんも昨年度末に保育園を辞めている。この保育園では、Bさんを含めた多くの保育士が園長によるパワーハラスメントや、勝手な保育園のルール(次年度に辞めないことを約束のうえでボーナスを出す)など、嫌気がさしての退職だった。
 年度途中であったとしても、仕事を辞めることは、本来法律で守られている権利である。もし、強制的に働かせ続けることができてしまったら、憲法で認められた「職業選択の自由」が否定されてしまうからだ。
 保育園の側も、法律上「続けることを強制はできない」ことは理解しており、だからこそ「次年度まで続けることを約束しないとボーナスを出さない(こうした契約自体も労基法に違反する恐れがある)」ということを、一方的に宣告するという行為に出たわけだ。「やめるならボーナスを返せ」と言われることもあったという。
 ボーナスの問題だけではなく、Bさんは、年度途中で辞めると伝えた人に対する園長らの攻撃的な対応を見ていたので、怖くて言い出せなかった。辞めたいといった保育士は、提出した書類の言葉遣いなどを何度も修正させられ、いつまでも受け取ってもらえないなどの嫌がらせも受けていた。
 だが、これらのパワーハラスメントによる職場環境悪化の悪循環は、「年度末」までに保育士たちの怒りをため、結局は年度末の大量離職を引き起こしてしまっているのだ。
 さらに、転職を考えて年度末まで我慢するというケースもある。
 Cさん(30代女性)は、入社から3年の来年度末での退職を考えている。
 Cさんも年度末を選ぶ理由を「子どもは最後まで見たいと思う」と話す。途中でやめると迷惑がかかると思っている保育士が多いことに加え、年度末の区切りまで働き続けていれば、履歴書上で不自然な感じがしないので、再就職しやすいことも教えてくれた。

裏切られ続ける「次はもっとましのはず」

 離職率が高い背景には、「次の職場はもっとましのはずだ」という思いが背景にある。だが、過酷な職場環境を耐えかねて行われる転職も、結局は解決策にならない。
 「終わらない仕事に追われて残業しても当然のように残業代はない」、「休憩も取れない」、「サービス精神でどこまでも要求される」、「保育士の人数はぎりぎりで大変な仕事」。
 これは、Dさん(20代女性)の言葉だ。彼女は、9年間の保育士キャリアの中で、3か所の保育園を渡り歩いてきた。
 いつも労働環境に疑問を持ってきたDさんは、「ここでだめでも次行くところはちゃんとした労働環境かもしれない」という思いで転職を繰り返してきたという。
 だが、Dさんは、どこへ行っても納得のいく状況の保育園に出会うことは出来なかった。
 Dさんのように、年度末に何度も離職し、保育園を放浪せざるを得ない保育士の方は実に多いのが現状なのである。
 

ユニオンのたった一回の交渉でほぼ解決だったDさんの保育園

 多くは年度末とはいえ、保育士の離職は子供たちにとっては不安を大きくする。また、保育園の安定した運営にも支障をきたすだろう。人が集まらなければ、予定した人数の受け入れができないケースも出てきてしまい、ますます待機児童問題を悪化させてしまう。
 では、年度末大量離職を防ぐ方法はないのだろうか。私は労働条件の改善と、職場の信頼関係の回復こそが、大量離職を防ぐ最良の道だと思う。すでにみたように、待遇への不満や、それをパワーハラスメントで抑え込もうとする悪循環を断ち切らなければならないからだ。
 そこで紹介したいのが、労働組合(ユニオン)による職場環境についての労使交渉である。労働組合とは、労働組合法に基づく団体で、職場の一人以上が組合(職場外の組合でもよい)に加盟することで、団体交渉権が発生する。団体交渉を申し込まれた使用者側は、誠実に交渉に応じる法律上の義務が生じる。
 先ほどのDさんは職場を転々とし、保育士として働くことそのものをあきらめかけているときに、介護保育ユニオンに出会い、団体交渉に臨むことにした。
 Dさんは何人かの保育士と一緒に労働組合に加盟し、団体交渉で職場環境の改善を要求した。Dさんたちが改善したかったのは次のようなことだった。
 まず、長時間労働にも拘わらず、残業代がでなかったこと。Dさんの保育園は、「残業しない保育園」を社是にしていた。だが、実際には残業するときでも、タイムカードをシフトの時間通りで打刻させる「残業隠し」が当たり前になっていた。もちろん残業代は出ない。入園式、遠足、卒園式など大きなイベントの際は、みんなで不払い残業をしなくてはならなかった。組合が計算した不払い残業代は2年間で一人当たり90万円以上になった。
 また、パート職員だけが有給を取れないようになっていることも改善したかった。正規の保育士の間で有給を調整しあっているのに、パート職員は別立てに有給を調整することになっていて、いつも正社員のシワ寄せをパートが受けている状態を変えたかったのだ。
 Dさんたちが、緊張しながら保育園を運営する会社に申し入れると、社長本人が対応し「実態を把握し、改善をしたい」と答えた。
 そして、数週間後に開かれた団体交渉で、園側はほぼすべての要求を受け入れた。
 いままで個人的に改善を求めて何も改善されなかったことが、たった一度で改善されて、驚いたDさんは、ユニオンにもっと早く出会いたかった、という。
 このように、団体交渉は会社側が保育士側の「率直な本音」に向き合う機会となり、新しい信頼関係を構築する出発点になるのだ。
 ただし、もちろんDさんの保育園のように一度の交渉で改善できる例ばかりではない。が、Dさんのいた保育園の運営者の対応は懸命だったといえる。
 Dさんの保育園でおきている問題の多くは労働基準法違反であり、違法状態が労働基準監督署(行政機関)に知られれば指導が入り、守らなければ刑事罰もくだされる。Dさんと介護保育ユニオンは、団体交渉でまともに対応されない場合には、行政からの処罰を求めていただろう。

残業代未払い、休憩時間が取れるだけで、保育園の働き方は大きく変わる

 保育園に多い労働基準法違反は、賃金未払い(残業代未払い)、休憩時間がない、の2点である。
 Dさんの場合は2年間で90万円だから、毎月平均で3万7500円の収入アップになる計算だ。
 また、休憩時間を法律通り(6時間を超えて働く場合は45分、8時間を超えて働く場合1時間の休憩)取れるようにすることだけでも労働環境は大きく変わる。休憩時間は、労働から完全に解放されていなければならず、職場を自由に離れられる状況でなければならない。
 配置基準ぎりぎりの保育園では、これは実現することは難しい。多くの場合、休憩時間を取らせるために人員を増やすことが必要だ。こうして労働環境が改善されれば、余裕をもって保育に当たれるのだから、子どもたちにとってもよいことばかりだ。

おわりに

 以上のように、労働法や労働組合法は職場を改善するために設計されている。労働者はぜひ労働組合を利用して、職場をやめる前に問題の解決に動いてほしい。
 また、使用者側も、ぜひ労働者の声に耳を傾けることで悪循環から脱出し、安定した保育園運営を実現しもらいたい。そして、年末の大量離職を防ぐためには、「今の時期」からの対策が必要だということを知っておいてほしい。

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