保育士不足に歯止めも 行政も支持した「ストライキ」の結末

横断幕を持って訴える人のイラスト
ヤフーニュース様
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去るゴールデンウイーク、東京駅では自動販売機の売り切れが続出し、ネット上で大きな反響を呼んだ。

 「売り切れ」の背景には、サントリーの自動販売機大手「ジャパンビバレッジ東京」に対してブラック企業ユニオンが行った、「順法闘争」や「ストライキ」があったのだ。

(詳しくは、「本日、JR東京駅の自販機補充スタッフがついにストライキ決行―ハローワークも当該企業の求人を停止―」)

 最近、労働問題の広がりを受けて、ストライキに関する報道も増えているので、目にした方もおおいことだろう。例えば、岡山では「両備バス労働組合」が、長崎でも「全日本海員組合」が雇用の維持や労働環境の改善のためにストライキを実施している。

 こうした中で、近年劣悪な労働環境が問題となっている保育所でもストライキを実施する動きが起きている。

 ある園では、保育士らが介護・保育ユニオンに加盟してストライキを予告し、その結果、保育の質や、労働環境を改善することができたという。

 どのようにして、ストライキが労働条件の改善につながったのか。ストライキ通告までの経過とその結末について紹介しよう。

パワハラと保育崩壊
 ストライキが準備されていたのは、宮城県と神奈川県に園を持つ、株式会社が運営する保育園。

 この保育所では、求人詐欺、労基法違反、パワーハラスメントに加え、「保育の質」にも問題があった。この状況を改善したいと思った保育士らが介護・保育ユニオンに加盟し、会社に改善を求めていた。しかし会社側は十分な改善を行わなかったという。

 園長から保育士へのパワーハラスメントについては、子どもが病気になって休んだ時に「あなたがこの園の方針に忠実に従わないから」など全くいわれのない理由で叱責されたり、「辞めさせようと思えばさっさと辞めさせている」など、強権的に振る舞い、叱責が1時間以上行われることもあったという。

 こうした労務管理のまずさの中で、一部の保育士が適切に指導されず、次のような問題が起こっていた。

 えずくほど大量の食事を子どもに口の中に入れる。
 自由遊び中、子どもの様子をきちんと見ていない。
 背中に背負っている子どもに、手を添えないまま自分が立ち上がる。
 子どもの片腕を片手で持ち上げる(肩が抜ける恐れがある)。
 子どもたちのお昼寝時間中は、子どもの監視が欠かせないが、一緒に眠ってしまう。
 園長が適切に仕事を教えたり、指導をするのではなく、ただ強権的に振る舞ってばかりいる結果、労働者がハラスメントを受けるばかりか、保育環境そのものが崩壊してしまっていたのだ。

保護者からの要望も無視する保育園。保育士たちがストライキを決意
 こうした中で、介護・保育ユニオンに加入した保育士たちは、保育所側の姿勢を正すため、市役所に申し入れたり、保護者への協力依頼も行った。

 子どもの保護者にも、改善を求める署名に協力してもらい、園に改善を迫ったが、それでも園は問題を改善しようとはしない。そのためユニオンは、ストライキの実施を決意し、ストライキの予告を行ったのだった。

 とはいえ、保育士が職場を放棄すれば、子どもを預ける保護者にとって大きな影響が出てしまう。そう簡単には踏み切れるものではない。しかし、それでもこのままの状態が続いてしまうと、子どもの安全すら守れないと考えた保育士らが、状況を打開するために用いた手段が、ストライキだったのだ。

 ストライキを安全に実施するために、介護・保育ユニオンは、ストライキの実施の際にはできるだけ子どもを預けないようにしてもらうように保護者に協力を依頼すると同時に、ストライキ中に保育園で子ども見守る要員として何人か組合員を配置するなど体制も整えていた。

ストライキ予告から一転解決へ。行政も指導
 2018年3月、ついに介護・保育ユニオンは保育所の運営会社へストライキを通告。また、市役所にもこの件を通知した。

 すると、市役所側としても園には問題があることを認識し、市役所は園に対して強く指導を行うと約束してくれたという。このような行動の結果、運営会社はストライキが実施される前に、問題の改善案をユニオンに提示。4月末をもって交渉は妥結した。

 具体的には、次のことが改善され、組合員たちは現在も同じ職場で働き続けることができている。

残業代未払いをタイムカード通り支払う
今後、賃金は1分単位で支払う
休憩時間がとれるようになった
過去に休憩時間が取れなかった分は、半分の時間を未払賃金として払う
求人詐欺問題の解決のため、当該保育士に賃上げを行い、過去の賃金との差額を一定額支払う
園長はパワハラをしなくなった
産休・育休がとれるようになった(現に組合員が一人育休中)
 介護・保育ユニオンブログ「なとりおひさま園の未払賃金等の問題が解決しました ~ストライキを構えて、保育園を変えました~」

ストライキはブラック企業を改善する「手段」
 今回のストライキは、実施自体は回避されたが、労働環境の改善につながった。この背景には、保育所が人手不足であり一人でも欠けると運営が大変になることや、受け入れている保護者からの苦情が会社や市役所に寄せられる等で会社の社会的な信用性に影響が出ることがあったと考えられる。

 同じように、ブラック企業では、人員不足が蔓延しているため一人ひとりの労働者が長時間残業・休憩なしなどの過重労働を強いられており、労働者一人当たりへの会社の依存度が極めて高い。このため、数名が行動に参加するだけで、業務を回すことが困難になり、ブラック企業に致命的な影響を与えることができてしまうのである。

 ブラックな職場が増えている中、そのような職場への抗議としてのストライキが社会的にも好意的にみられていることも大きな追い風だ。ブラック企業はサービス産業に多く、ストライキに共感する多くの消費者が商品やサービスを買わないというボイコットも自然発生している。

 先に紹介したジャパンビバレッジの時も、ネット上には「サントリーの商品買わない」などと表明する人も多く現れた。今回の保育所の勝利も、このような背景が影響していると考えられる。

 ブラック企業問題など、労働環境の悪化で多くの労働者が苦しんでいる状況だからこそ、労働組合を通じてのストライキは、非常に重要な手段なのである。

ストライキをしない国、日本
 ストライキなどの争議行動には、様々な種類がある。そしてそれらはすべて合法だ。ストライキの法的な就業時間中に全く仕事をしない全日ストライキもあれば、一定時間だけ仕事をしない時限ストライキもある。順法闘争と呼ばれる、残業を一切しない、休憩を1時間取得する、というような闘い方もある。

 繰り返しになるが、これらはすべて合法だ。ストライキの結果、会社に多大な損害を与えても、損害賠償の請求はできないし、それを理由とした解雇なども不当労働行為として禁止されている。

参考:「労働組合が東京駅の自動販売機を空にした日―ブラック企業との「順法闘争」とは一体なんだったのか―」

 しかし、そのようなストライキの強い権利があることと裏腹に、日本ではほとんどストライキは起きていない。以下の図は日本のストライキの件数、参加人員のグラフだ。

ストライキ件数の推移(「社会実情データ図録」より)
 見ての通り、近年はストライキの件数はほとんどなく、また参加人員も非常に少ないのだ。

 そして日本の労働環境の悪化具合を見る限り、ストライキなど争議にいたる闘いが減ったことで労働者側の力が弱くなっているということができるだろう。欧州の国々では、相対的に良い労働環境があると言われてはいるが、それを守るためにストライキを実施することは多々ある。例えばフランスでは、2010年におきた参加人員10人以上のストライキは3850件にのぼる。

 フランスは週35時間労働制で、有給休暇も年5週間もとることができる。そのような労働環境の労働者も、自らの労働環境を守り続けるためにストライキを実施しているのだ。ストライキが多いこと=労働環境が良い証拠とまで言うつもりはないが(途上国などは劣悪な労働環境だからこそ生きるためにストライキが頻発している)、より良い労働環境をつかみ取るためにはストライキは必須の武器と言えるだろう。

会社に労働組合がなくても大丈夫。個人加盟労働組合に相談を
 これまでストライキについて紹介してきたが、自分のいる会社の中に労働組合がなかったり、会社の中の労働組合が頼りなかったりという場合も多い。しかし、個人加盟ユニオンという、どのような会社や業種で働く人でも入ることができる労働組合がある。今回紹介したブラック企業ユニオンや介護・保育ユニオンも個人加盟ユニオンの一つだ。自分も労働組合で会社と闘ってみたいという人は、是非個人加盟ユニオンに相談してみてほしい。

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