『いそがしいよる』 「ばばばあちゃん」がくれたもの

絵本作家のイラスト
産経ニュースさま
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子供は絵本に描かれた世界を自分の生活に引き寄せ、それをまねたり、さらにふくらませたりしながら、自分たちの新たな物語を創(つく)っていきます。そのような場を子供と共有できることは、私にとって至福のときです。今日は、私が幼稚園に勤務していたときのエピソードを紹介します。

 奇想天外で行動力のあるおばあちゃんが登場する、さとうわきこさんの「ばばばあちゃん」の絵本は、福音館書店から刊行されている長く読み継がれているシリーズです。『いそがしいよる』(昭和56年)は、18冊あるシリーズの第1作です。

 星がきれいな夜、家にいるのはもったいないと、ばばばあちゃんは揺り椅子を外に持ち出して空を眺めます。ここで寝てしまえば一晩中、空を眺めていられると、ベッド、テーブル、冷蔵庫…家中の物を次々に外に持ち出します。そして、最後は、雨が降ったら大変と荷物の上に大きなテントを張ります。疲れたばばばあちゃんは星のことなど忘れ、ぐうぐう寝てしまうというお話です。

 ちょうどこの絵本を読んだ頃、私のクラスの子供たちには不満がありました。年長組に進級したのに、自分たちの保育室だけが園舎の1階だったからです。

 「2階はいいよな、高い所から園庭が見られるんだぜ」「ホールにすぐに行けるよな(広いホールは2階にありました)」「1階は小さい組だよ。大きい組はやっぱり2階だよな」。子供たちは2階のクラスが羨(うらや)ましくて仕方ありませんでした。

 この本を読んだ翌日、クラス一、力持ちのこう君が「俺たちも引っ越しすればいいんだ!」と言いだしました。こう君の仲間もすぐに賛同し、園長先生と交渉、説得してクラスの皆に知らせます。「それはいい!」と賛成の子も何だかよくわからない子も、こう君たちの熱気に引っ張られ、クラス皆で汗だくになって机も椅子も棚も自分たちで運べるもの全て、2日かけて2階のホールに運んだのです。そして、念願の2階の保育室で、1カ月半を過ごしました。

 園長先生も同僚も保護者も、子供たちが自らの物語を創り、実現していくプロセス-それは、結末はわからない未知性にあふれたもの-を一緒にワクワクしながら見守ってくれました。

 その後、他のクラスとの論戦後、子供たちは納得して再び汗だくで荷物を運び、元の1階の保育室に戻りました。

 ばばばあちゃんが、子供たちに知恵と行動力を与えてくれたのです。(国立音楽大教授・林浩子)

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