待機児童ゼロの町になぜ新たな保育所が? 埼玉で見えた「企業主導型」制度の甘さ

待機児童のイラスト
東京すくすくさま
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「待機児童ゼロの町にも企業主導型保育所ができています」。埼玉県小鹿野町の認可保育所園長から、東京新聞にそんな声が届きました。企業主導型保育所は、政府が待機児童対策の目玉として2016年度に始めた制度。設置に自治体の審査がない「認可外」施設なのに「認可」施設並みの助成があり、開設ラッシュが続いています。でも、保育所に困っていない地域にまでなぜできているのでしょうか。調べてみると、制度設計の甘さが見えてきました。
秩父の山あい、小鹿野町 子どもは減る一方
 今年4月、新たに企業主導型保育所が開園した小鹿野町は、秩父地方にある人口1万1700人余の山あいの町です。西武秩父駅(埼玉県秩父市)から車で約25分の町を訪ねました。

写真 山々に囲まれた小鹿野町の市街地。待機児童は少なくともここ10数年はいないという
山々に囲まれた小鹿野町の市街地。待機児童は少なくともここ10数年はいないという

 「もう年寄りばっかり。昨年生まれた子どもは40人ちょっとなのに、新たな保育所ねえ」。地元で生まれ育った自営業の男性(84)は不思議がります。保育園児を育てる女性(32)も「預け先が足りないとは聞いたことがない」と話しました。

地図 埼玉県小鹿野町

 町内の認可保育所は、町立2園、私立1園の計3園。他に3歳児からの町立幼稚園もあります。旧両神村と合併した2005年は104人いた出生数も、昨年は44人まで減少。子どもの数は減る一方で、町担当者は「少なくともここ10数年は待機児童はいない」といいます。

特養ホーム運営法人が開設「職場環境のため」
 そんな町に今回、新たに保育所を開設したのは、町内で特別養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人です。担当者は「従業員が働きやすい職場環境のため、以前から柔軟に対応できる保育所が必要と思っていた」と説明します。

写真 4月、駐車場だったところに開設された企業主導型保育所=埼玉県小鹿野町で
4月、駐車場だったところに開設された企業主導型保育所=埼玉県小鹿野町で

 この法人では、企業主導型保育所の制度を利用して0~2歳児対象の保育所を開設。約3500万円の整備費のうち約2500万円の助成を受けました。従業員の子でなくても利用できる「地域枠」も、定員12人の半数の6人を上限に設定。現在、在籍児は10人で、うち地域枠は2人といいます。保育料は月額6000円。所得に応じて町が定める月額4800~56000円の認可保育所の保育料より安くなる家庭も多くあります。

町も困惑「『ぜひ造って』というものではない」
 「地域枠」は、国が「地域貢献」として推奨している仕組みですが、町側も困惑しています。保育担当の住民課、黒沢功課長(60)は「待機児童がいない現状で『ぜひ造ってください』というものではない。制度上、町がダメだとは言えない」ともどかしい思いを明かします。町側は「従業員のためなら、地域枠は目いっぱい使わないように」「ちらしは『園児募集』でなく『従業員募集』にしてほしい」と同法人に求めました。

 東京新聞に情報を寄せた民間の小鹿野ひまわり保育園の稲葉寿子園長(65)は「子どもが減っているのに、園児の取り合いも起きかねない」と戸惑っています。現に今春、同園は隣接する市町から園児を受け入れても定員60人に届きませんでした。稲葉さんは11月下旬、町議会に「待機児童がいない地域にむやみに企業主導型保育所をつくる許可をしないこと」などを政府に求める請願書を出しました。「地域の実情をふまえ、制度を見直してほしい」と訴えています。

写真 制度見直しを求め請願書を提出した稲葉寿子園長
制度見直しを求め請願書を提出した稲葉寿子園長

問題相次ぐ企業主導型 自治体の事前審査なし
 自治体の事前審査がなく、原則、都道府県などへの届け出だけで設置できる認可外保育施設の企業主導型保育所。各地で大幅な定員割れや、保育士の一斉退職による休園などの問題も相次いでいます。

 実情にそぐわない開設も目立ちますが、制度を主管する内閣府の担当者は「制度は従業員の多様な働き方を支援する目的もある」と説明し、待機児童ゼロの地域でも助成に問題はないとの見方を示しています。ただ、「地域の保育ニーズに影響を及ぼす」ことは認識。本年度から「地域枠」を設ける場合、事前に自治体に相談し、保育需要を確認した旨を申告させるようにしました。ですが、それでも自治体に設置を拒む権限などはなく、「地域枠」の設定も事業者任せのままです。

図解 企業主導型保育所の仕組み

 こうした中で、自治体の関与を強めるよう求める声も上がっています。東京都世田谷区では先月、企業主導型の2園が保育士の一斉退職で相次いで休園や受け入れを縮小する事態になりました。区がその情報を知ったのは直前でしたが、緊急の預け先探しに動きました。「認可外施設は、基本的には利用者と施設との直接契約。でも最後に困って区民が相談に来れば対応せざるを得ない」と区担当者は漏らします。

 区内では本年度に入り、他にも3園が休園や経営難になり、延べ数百件の問い合わせに追われました。保坂展人区長は先月、自治体の関与の強化や審査方法の見直しなどを求める要望書を内閣府に出しています。

 内閣府によると、10月時点で全国の4園が休園。場所や理由は公表していませんが、相次ぐ問題を受け、政府も自治体の関与や指導監査のあり方などを検証する有識者会議の設置を決めました。

「造る側の論理で、子どもの育ちへの視点がない」
◇保育制度に詳しいジャーナリスト猪熊弘子さんの話
 企業主導型保育所は、地域の需要に関係なく認可外施設として容易に設置できる上、中身の審査や指導体制も問題が多い制度です。設置のスピード感は造る側の論理で、子どもの育ちへの視点がないのも問題です。制度設計に無理があると言えます。この制度は、福祉だったはずの保育を市場化、ビジネス化することを公に後押ししてしまいました。せめて自治体が事前に審査できるように、関与できる仕組みにすべきです。
企業主導型保育所とは
 企業主導型保育事業として、安倍政権が待機児童解消の切り札に導入した。企業が従業員向けに設けた保育所や、保育事業者が設置して複数の企業が共同利用する保育所などで、基準を満たせば整備費用の4分の3相当の助成金があり、運営でも認可施設並みの助成金を受け取れる。幅広い企業が負担する「事業主拠出金」が財源。今年3月現在、全国に2597カ所あり定員は約6万人。

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