川崎市「保育園落ちた」子が待機児童の200倍の訳


東洋経済オンライン


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保育政策の充実度を測る指標は「待機児童数」だけではありません。過去20年にわたり主要100自治体へ保育施策に関する独自調査を行ってきた「保育園を考える親の会」の代表の普光院亜紀氏が、「入園決定率」「園庭保有率」「保育料」といった指標から、自治体ごとの真の「保育力」を分析します。第4回の今回は神奈川県川崎市です。
 川崎市は、東京都と横浜市の間に帯状に広がる政令指定都市です。面積の割には人口が多く、全国の市で7位の約154万人を擁しています。市内をJRと私鉄が縦横に走り、都心部へのアクセスがよく、東京のベッドタウンとして発展してきました。代表的なエリアにはタワーマンションが林立する武蔵小杉駅があり、人口増加が続いています。

 川崎市は7つの区から構成されています。保育に関する制度は川崎市全体で行われていますが、認可への入園申請は各区役所で受け付けています。川崎市民が居住区以外の区の認可保育施設を希望しても不利にはなりません。川崎市全体の数字を見ていきましょう。

■3つの指標で見る川崎市の保育力

入園決定率 76.7% (主要89自治体*平均 77.5%) 
園庭保有率 70.7% (主要98自治体*平均 71.8%)
中間的な所得階層の1歳児保育料 3万3300円(主要98自治体*平均3万0587円)

*首都圏の主要市区、政令指定都市100市区が調査対象だが、有効回答数は指標・年度によって若干異なる
まずは入園決定率から見ていきましょう。保育園を考える親の会では、毎年、首都圏の主要市区と政令市の100市区について「100都市保育力充実度チェック」という調査を行っています。その中で、認可の保育(認可保育園、認定こども園、小規模保育、家庭的保育等)に新規に入園を申し込んだ子どものうち何パーセントが入園できたかという数値「入園決定率」を算出しています。

 国が発表している待機児童数は人口が多い自治体の数値が多くなり、「入れなかった児童数」からさまざまな数字を差し引いた数になっているので、実際の入園の難易度とはかけ離れたものになっているからです。

 川崎市の「入園決定率」は、76.7%。主要89自治体の平均に近い数字で、認可に入園を申し込んだ児童のうちの約4分の3が認可に入園できているということになります(2020年4月1日入園での数字)。川崎市の入園決定率は、3年前の2017年度は71.2%でしたが、わずかずつ上昇してきました。この3年間の利用申請者数が4853人に伸びたのに対して、認可の保育定員は5587人増となっていますので、ニーズ増を追いかける懸命の待機児童対策が行われていることが読み取れます。

■「待機児童」にならない6つのケース

 川崎市も横浜市と同様に「保留児童数」を公表しています。これは、本来の待機児童数ともいえるものです。ここから「国が待機児童数にカウントしなくてもよいとしている定義に該当する児童」を引いた数字が「待機児童数」になります。この「国が待機児童数にカウントしなくてもよい」としているケースは6つあります。

①国が補助金を出す認可外保育施設に預けている場合(企業主導型保育事業)

②自治体が補助金を出す認可外保育施設に預けている場合(地方単独事業:東京都の認証保育所など)
③保護者が育児休業を延長していて復職の意思が確認できない場合(育児休業中の者)
④通える範囲に保育施設(認可外も含む)が空いていると判断され、そこを利用していない場合(特定の保育園等のみ希望している者)
⑤再就職希望で求職活動を十分に行っていないと見なされる場合(求職活動を休止している者)
⑥その他:幼稚園の預かり保育、認可に移行するための補助を受けている認可外保育施設、特例保育などを利用している場合

 川崎市の「保留児童数」つまり「認可に申し込んで認可を利用できていない児童数」は2447人になりますが、ここから上記6つのケースに当てはまる2435人が差し引かれ、待機児童数は12人と発表されています。

 川崎市の待機児童数が「認可に申し込んで認可を利用できていない児童数」(保留児童数)に占める割合はわずかに0.5%で、調査対象100市区の平均8.0%に比べると極端に小さくなっています。これは、前回の横浜市の場合の0.7%をさらに下回っており、「利用できていない児童数」(保留児童数)の99.5%が待機児童数にカウントされていないという、驚きの数字になっています。

 川崎市の「利用できていない児童数」の内訳で特徴的なのは、「地方単独事業を利用している者」の割合が32%と高いことです(100市区平均は18.1%)。その分、「特定の保育園等のみ希望している者」は29.7%で調査対象100市区の平均(44.3%)を下回っています。川崎市では、以前から「おなかま保育室」や「川崎認定保育園」など、認可外保育施設の助成制度(地方単独事業)を複数つくって待機児童対策を行ってきており、それが「地方単独事業を利用している者」の割合を高くしていると思います。

利用者は認可での整備を望んでいるとは思いますが、入れなかったときに市の支援を受ける認可外保育施設で保育を受けられることは助かります。川崎市では、認可の不承諾通知を受け取った家庭に、これらの認可外保育施設を丁寧に案内することも待機児童対策のひとつとして挙げています。同時に、これらの認可外保育施設を認可に移行させて認可の受け皿を増やす待機児童対策にも力を入れています。

 10年前の2010年、川崎市は横浜市に次いで待機児童数全国ワースト2の1076人を記録しましたが、5年後の2015年に待機児童数ゼロを達成しました。これを聞いて武蔵小杉に引っ越した保育園を考える親の会会員が区役所で入園の相談をしたところ「入れる見込みはない」旨を伝えられたそうです。「待機児童数ゼロ」には大きな落とし穴があります。

■困窮度をより重視する川崎市

 認可保育園等への入園申し込みは市区町村別に行われ、定員を上回る園・クラスについては市区町村が選考(利用調整)を行います。選考は保護者の就労状況やその他家庭の状況を点数化し、保育の必要性が高いと判断された児童から優先的に入園が決定します。

 点数化の方法は自治体によって異なります。川崎市の選考は3段階の判定があるのが特徴です。保育の必要性の理由や勤務時間などで判定するランク(基準指数)がA~Hの8ランクあり、父母のうち低いほうのランクが適用されます。同ランクになった子どもについて、主に世帯の状況について判定する指数(調整指数)で優先順位をつけます。さらに、同ランク・同指数になった子どもについて、主に子どもの状況について判定する項目点で優先順位をつける、という形です。

 ランク(基準指数)では、勤務時間が長い世帯が有利である点はほかの自治体と同様ですが、同じ勤務時間では「居宅外労働(自営以外)」と「自営(中心者)」が同じランクになり、「自営(協力者)」はランクが1段階低くなります。つまり、自ら自営業を営む場合は居宅内外を問わず会社員などと同じ扱いで、配偶者や親族が営む自営業の協力者である場合には優先順位が下がるということです。また、指数(調整指数)の判定では、とくにひとり親世帯の加点が手厚く、指数が同点で並んだときは、まず「子どもが3人以上の世帯」、次に「世帯所得が低い世帯」を優先されます。

 川崎市の場合、認可外保育施設の利用や上の子が在園していることによる加点は、同ランク・同指数になった場合の項目点(3段階目)での加点になっていて、ほかの自治体に比べると、これらの加点の影響は小さいと言えます。川崎市の入園選考は、世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向にあります。

■待機児童対策を進めながら保育の質も守る

 国は認可保育園の園庭の広さについて、「2歳以上児1人につき3.3㎡の屋外遊技場が必要」としていますが、近くの公園等での代替も認めています。保育園を考える親の会では、認可保育園のうち基準を満たす広さの園庭を保有する園が何%かという「園庭保有率」を独自に調査しています。都市部では、この園庭保有率が年々低下していて、園庭のない認可保育園が急増しています。

 川崎市の2020年度の「園庭保有率」は70.7%で、横浜市とほぼ並んでいます。川崎市は、人口密度が高く、土地の確保が困難であることを待機児童対策の課題に挙げています。今後、保育ニーズが高い主要駅周辺の整備を進めるときに園庭を確保できなければ、園庭保有率は低下していく恐れがあります。

 一方で、川崎市は、待機児童対策とともに、次のような保育の質の維持・向上策も掲げています。

・保育所等の新設や運営法人の選考にあたっては、有識者が参加する選考委員会を開く

・各区の公立保育園が、民間の認可保育園の支援や指導をしたり、公民の交流によって保育技術を共有したり、公開保育で学び合ったりして連携して人材育成を行う
・政令市である川崎市は自身で認可外の指導監査権限をもち、認可外保育施設244カ所すべての立ち入り調査・指導を実施している
 急激な待機児童対策によって、川崎市においても保育事業者が多様化しており、このような施策は非常に重要といえます。

■保育料最高額は8万円台

 川崎市の保育料は、平均と比べると高めです。認可の保育料は自治体が独自に決めており、3歳以上児は無償(別途、食材料費の負担あり)、3歳未満児は世帯所得によって額が異なります。川崎市の3歳未満児の最高所得階層の保育料は8万2800円(世帯市民税所得割額47万5300円以上)で、調査対象100市区では8番目に高い額になりました。保育園を考える親の会では中間的な所得階層*の保育料も調べていますが、川崎市は3万3300円で、有効回答98市区の平均(3万0587円)を上回っています。

 *中間的な所得階層=所得控除前の年収が夫525万9156円・妻100万1161円、夫の社会保険料額を73万6282円、子ども1人とした、第1子保育料(総務省「家計年報」を参考に設定)。

 また、3歳未満児の食事の費用はどこでも保育料に含まれていますが、3歳以上の食材料費は別途、保護者が負担するのが国の基準になっています(所得等による免除あり)。お隣の東京都では主食費部分について都がお金を出しているため、都内の市区では主食費は無料、副食費(おかず代)は自治体や施設ごとに違っています。

 これに対して川崎市は、市の補助がなく、主食費も副食費も園によってさまざまになっています。公立園の場合、主食費は1000円、副食費(おかず代)は4500円を払います(月額)。民間園はそれぞれに費用を決めていますが、公立にそろえているところも多いと思います。民間園の中には、主食のごはんなどを家庭から持参する決まりのところもあります。

■川崎市の保育の今後

 川崎市は子どもの権利に関する条例を日本で最初につくった自治体です(川崎市子どもの権利に関する条例)。入園選考で困窮世帯を優先する加点があったり、待機児童対策とともに保育の質の維持・向上をアピールする姿勢をみると、子どもの権利の視点からの施策の検討がされていることを感じさせます。

 しかし、待機児童をすぐに解消させるのは難しいでしょう。現在、川崎市の人口は全区で増加しています。市は待機児童対策をかなり頑張っていると思いますが、人気の沿線の急行停車駅などは入園状況の厳しさが続きそうです。川崎市に引っ越しを考えているのであれば、あらかじめその地域の入園状況を区役所に確認することをお勧めします。


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