賛成反対だけでは解決できない保育園問題の複雑さ


毎日新聞
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藤田結子 / 明治大商学部准教授


世田谷保育園戦争(2)

 待機児童数全国1位の東京都世田谷区でもう1カ所、保育園反対運動が続いています。前回紹介した東玉川1丁目と同じ「玉川地域」にある、世田谷区玉川田園調布2丁目の住宅地です。ここでは、事業者と住民の最初の話し合いで、ボタンの掛け違いがありました。【藤田結子、経済プレミア編集部・小松やしほ】
 更地になっている予定地は約840平方メートル。すぐそばを幹線道路の環状8号が通っています。「保育園をつくってほしい」という元所有者の意向を受け、事業者の社会福祉法人が購入しました。定員161人の保育園が今年4月に開園する予定でしたが、近隣住民の納得が得られず、計画は遅れています。
 2015年2月、近隣住民対象の説明会が初めて開かれました。しかし、交通問題、音、においなどが主な理由となって、反対の声が上がりました。同5月には、地域住民である大手企業の社長が世話人になり、署名活動が始まりました。
 第1回の説明会で、事業者と近隣住民にボタンの掛け違いがありました。事業者は埼玉県や千葉県の郊外で保育園を運営していて、住宅地での運営は初めてです。ところが説明会でいきなり、「自分たちで土地を買って、社会のために、敷地いっぱいの立派な保育園をつくります」と既定路線のように伝えたため、住民から「突然何だ!」と反発を受けたのです。

反対派と賛成派が陳情書で応酬

 世田谷区玉川地域には待機児童が300人いますが、保育園が少ない場所です。特に、この玉川田園調布には認可保育園は一つもありません。
 そこで昨年、子育て中の住民が、玉川田園調布と東玉川での保育園建設を早く進めてほしいと、「待機児童減少の為に保育施設整備を進めることを求める陳情」を世田谷区議会に提出しました。区議会はこれに賛成し、12月の定例会で全会一致で採択しました。
 ところが、反対住民はこれに対抗し、今年6月「事業者提案型の保育所整備計画に関する陳情」を提出しました。交通安全対策を理由に、「近隣住民との相互理解のもと、良好な関係を築き、整備計画が進められるよう」求めたのです。高級住宅地であり、今度も、社会的地位の高いシニア世代が反対住民を率いています。
 保育園開園を推進する関係者からは、「何か提案すれば、それについてまた反対が出て納得してもらえない」「反対する人たちはいろんな理由をつけながら、最終的には建設をやめさせようとする」という声が聞こえています。

反対派「自転車で保育園まで来ないで」

 交通に関する調査を依頼された専門家は、近隣住民も含めた園近くの自転車走行禁止▽自動車の速度規制−−などを提案しました。事業者側も何とか溝を埋めようと、定員を161人から145人に減らすこと▽車での送迎禁止▽園から徒歩5分の場所に駐輪場を設け、そこからは歩いて登園−−などを提案しています。
 働く親の立場から見れば、近くの駐輪場に自転車を止め、荷物を抱えて、大人で徒歩5分の距離を1,2歳の幼児に歩かせるのは大変な作業です。抱っこをすればいいのですが、きょうだいがいれば、2人とも抱っこできません。
 弱い雨のときは、多くの親は、子供乗せシートにレインカバーをかけて、自転車で登園します。この場合、子供が自転車を降りて保育園まで歩かないといけないので、子供用のレインコートや傘が必要になります。登園バッグに着替え、通勤バッグ、子供1〜2人にくわえて傘数本−−そんな荷物を自転車に積めるでしょうか。
 自宅が遠ければ雨の中ヨチヨチ歩きで来るのも難しい。親子とも登園にかなり苦労しそうです。

賛成派住民も声を上げないと、保育園は増えない

 そもそも説明会では、賛成住民の出席が少なく、反対住民の声が大きくなりがちです。保育園問題に詳しい風間ゆたか区議が、ブログを通して「賛成の方も声を上げてください」と呼びかけたところ、ようやく賛成住民が説明会に出席するようになり、賛成反対双方の意見が交わされるようになりました。
 風間区議は「保育園を求める人がいかに声を上げるかが大切。そういう声があれば行政もがんばれる。事業者・住民・行政が三位一体にならないと、保育園は増えません」と話します。
 事業者である社会福祉法人の担当者は「保育園運営は社会貢献の一つ。世田谷区のため、困っている親御さんのためと思って一生懸命やっている。保育園が必要であることを、住民も行政も声を上げて訴えてほしい。もちろん、反対の方たちとも誠実に話し合いたい」と語っています。
 事業者は、予定より1年遅れの17年4月開園を目指しています。しかし、反対派の陳情書が採択されたら、開園はさらに遅れるかもしれません。
 このテーマ、まだ続きます。
 <世田谷保育園戦争(3)は7月6日掲載予定です>
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