パタパタ走り直すには… 子どもに正しい走り方を(上) ランニングインストラクター 斉藤太郎


日本経済新聞様
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お子様への指導をしていて質問を受けます。お父さん、お母さんなりにお子様の走りを見て、速い子と比べて何かおかしい。そんな違和感を覚えながらも、何がどう違うのかがはっきりわからない。そんなもどかしさを持っているようです。そこで、今回から3回シリーズで「子どもに正しい走り方を」と題してアドバイスさせていただきます。多くの親御さんから打ち明けられる悩みが「うちの子、パタパタ走るんですが……」「腰が落ちている」。第1回はこのあたりについて考えてみたいと思います。
空気がパンパンに入ったボールと、抜けてしまったボールをイメージしてみてください。足の速い子は前者です。うまく走れない子は後者です。
 うまく走れる子は着地した瞬間に脚の付け根にある大切な筋肉にスイッチが入り、ボールが弾むように前に体を弾ませています。地面を蹴って進んでいるのではないのです。筋肉を収縮させる(縮ませる)ことで後方にかくように蹴って走るのではありません。むしろ、筋肉に力は入っていても縮みません。その代わりに腱(けん)がゴムのように伸ばされては縮む。そんなバネの力を使っているのです。カーボン製の義足を見たことがありますか。義足自体に蹴る力はなくても、着地時の荷重でしなり、バネの役割を果たしています。
 一方でうまく走れない子は、空気が抜けて潰れたボールのような走り方。一歩一歩の着地時に、大切な筋肉にスイッチが入らない状況です。片足で体重を的確に支えることができず、崩れるように腰が落ちます。「地面をつかむ」。短距離アスリートはそんな言い方をしますが、その意味においては、毎歩で地面をつかみそこねている走り方といえます。
 最も力がかかってくる局面では、つま先が外を向き、膝が内側に入り、腰が外側に流れます。「外・中・外」のねじれ。一旦、体が沈んだ後で地面を押して蹴ることで前に進むことになります。バネは使えず、筋肉の伸縮によるキックに依存した走り方です。こちらの方がよほど力を使っているのですが、うまく前に進めない効率の悪い走り方です。見ている人には腰が落ちて沈む印象。着地音は「ポンッ」でなく「グニュッ」という風に聞こえます。これらが「パタパタ走る」「腰が落ちる」という表現につながるのではないかと考えます。
 ここでやってはいけないのは、動きの現象だけを見て修正をかけること。何事も原因と結果があります。つま先が外を向いてしまう原因は脚の付け根にあります。ありがちなアドバイスに「つま先をまっすぐ前に向けて」「もっと速く足を出して」というものがありますが、突き詰めるべきは原因の方。結果である、つま先(体の枝先)だけに修正をかけるようなことはすべきではありません。
 では、原因についてどう修正をかけるか。私の場合は脚を振り子のように捉えます。振り子の基点になるのは脚と胴体がつながる部分、すなわち骨盤です。この骨盤の回りに何らかの刺激を入れるべきだというのが、修正についての私の考えです。体が硬いためにうまく動かせないということもありますので、ストレッチもしてください。
骨盤回りに刺激を入れて、しっかりと地面を捉えられるようにするエクササイズをいくつか紹介します。ここで大事なのは、大人は理論的に理解できるとしても、お子様たちは小難しく説明されるとかえってやる気をそがれてしまうもの。「ポンッ」とか「ぴょーんと」などと擬音を用いて視覚やイメージで訴え、楽しんで取り組んでもらいたいところです。
片足で体を支えて取り組む種目
<ケンケン(ポンッ、ポンッ)>
 体の軸を垂直にキープします。落ちることで弾む。膝がバネとなって曲がるのですが、意識としては膝を曲げないでまっすぐ伸ばすイメージを持ちましょう。体を下に落とすことで弾む感覚を植え付けます。
(1)片足連続で15メートル(左右各2本)
(2)片足3歩ずつ(左左左・右右右……)で15メートル×2本
(3)片足2歩ずつ(左左・右右……)で15メートル×2本
(4)片足1歩ずつ(左・右・左・右)で15メートル×2本。体の真下で踏みしめて走る
<片足支持キャッチボール>
 片足のスクワット姿勢で、バレーボールなどのボールを下手から投げます。腕だけで投げるのでなく、骨盤を使って柔らかく、ボールが弧を描くように投げます。慣れてきたらわざと捕りにくい場所へ投げれば、バランスをキープする練習になります。お尻周りが疲労してきたら狙い通り。ももやふくらはぎが疲れた場合は、脚でバランスを取っていることになるので△です。
 こうしたエクササイズをした後、良いイメージを持って40~50メートルのスプリント走に取り組みます。脳と筋肉を刺激しては走る。これを繰り返すことで、これまで使われていなかった大切な筋肉を動員して走るように変わってきます。
 これらは筋肉を肥大させようという発想ではありません。「走る」「投げる」「蹴る」の動作では、それぞれ「この筋肉をこのタイミングで使う」といったプログラムが脳の中にあります。人それぞれ個性があり、フォームは異なりますが、フォームが日によって変わることはあまりありません。特に12歳ごろまでの幼少期はこのプログラムを小さく固めてしまうのではなく、ダイナミックなものにしてあげる必要があります。そのためのエクササイズだと位置づけてください。
「足」を使う習慣
 幼い頃、剣道を8年間やっていました。道場では当然、素足です。この時期に素足で週3回稽古をしていたことに今では感謝しています。ランニングのオーバーユースによるケガの経験はほとんどありません。足そのものが強くなり、上手に地面をつかむことが身についたのだと思います。
 昨今、子供の足の機能が衰えてきていると感じます。学校で過ごす多くの時間は上履きを履き、素足で運動する機会がほとんどない。そんな生活習慣が大きく影響していると思います。
 寒冷地に行ったとき、「スケート靴を履いてまっすぐ立てない子が増えている」とうかがったことがあります。少年サッカーチームへのランニング指導に通ったときに感じたのですが、最近のスパイクはよくできていて、足の機能が伴わなくても地面をしっかりつかんでくれるようです。ただ、本来はもっと自らの足と指で地面をつかめないといけないのでは、と感じました。
 写真は福島県喜多方市の書家の先生に書いていただいた「足」です。ことわざでも何でもありませんが、無理をいって、個人的な興味で「足脚走」の3文字を古代文字で書いていただきました。
 「足」という文字の起源は、線の上でしっかり止まるところにあるということです。足が機能を果たさなければ踏ん張れない。そんなことは大昔から当たり前に理解されていたのだと思います。
 これから暖かくなってきます。芝生や砂浜で素足になり、縦横無尽にのびのびと走り回る。休日には親子でそんなことができたら最高だと思います。
 また、広場で運動するといってもアスファルトやウレタン素材のようなグラウンドは転ぶ理由がないほど平らです。脳にもランニングフォームにも刺激が不足した環境といえます。デコボコな不整地やアンバランスな環境で無意識にバランスをとって運動することが、身体能力ばかりでなく脳にも好影響をもたらしてくれるはずです。
 「マークスボード」という、あえてアンバランスな状態で身体の調整力や協調性を整えるツールがあります。ローラーの上に板を載せ、その上に両足で立ってバランスをとります。はじめは怖いかもしれませんが、子どもだったら15分もあれば乗れるようになります。理屈抜きにバランス感覚が研ぎ澄まされます。脳神経を勉強されている先生によると、心も穏やかになるとのことでした。
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