ニュースUP:児童養護施設から希望の大学へ=西部報道部・青木絵美


毎日jp
------------------------------------------------
◇学ぶ夢、見落とさないで

児童養護施設入所者の大学進学率が、
全国平均を大きく下回っている。
経済的な事情も大きいが、最大の問題は、
「就職が当たり前」という周囲の無理解による
学習環境の脆弱(ぜいじゃく)さだ。
そんな中、大阪府内の施設で生活する女子高生、
ユウコさん(18)=仮名=が今冬、
学習支援ボランティア団体の支援を受けて見事に希望大学に合格した。

■幼稚園の先生に

「受かりました!」

昨年12月初旬、ユウコさんは
学習支援ボランティア団体「arch(アーチ)」代表の大学4年生、
林美恵子さん(23)に電話をかけた。
保育系の4年制私立大の入試に合格したのだ。
「大学で勉強し幼稚園の先生になるという
幼い頃からの夢に一歩近づき、うれしかった」

ユウコさんが親の事情で施設に来たのは中学3年の秋。
施設では年下の小中学生とグループ生活をしている。
わがままな子は優しくなだめ、お祭りの日には
女の子の髪を一人一人結い上げる。
「私はみんなの長女やねん」

高校2年の冬、学校での進路説明会で、
ある大学の話を聞いた。
幼稚園教諭と保育園、小学教諭の資格を取得でき、
入学1年目から現場実習もあるという。
「自分でも調べるうち、ここで学びたいとの
気持ちが強くなっていった」

だが、ユウコさんが通う高校は就職希望者がほとんどで、
大学受験とは縁遠い。
進学クラスもなければ、一斉模試も実施していない。
高校入試時に周囲の勧めに従い、
ランクを下げて確実に合格できる高校を選んでいたのだ。
教師に相談しても「合格は難しい」と
一顧だにされなかった。

「予備校に行けへんかな」。施設の職員にも訴えたが、
経済的な理由から「無理だ」と言われた。
高校受験を目指す施設入所の中学生に対しては
国や自治体が通塾費用を補助しているが、
大学を目指す高校生は対象外なのだ。
「せめて受験勉強だけでも進めようと思ったけれど、
業務に追われる職員を見ていると、
勉強の相談をするのも気が引けた」

■支援者との出会い

林さんがユウコさんと出会ったのは昨年7月、
施設入所者らを支援する
大阪市内のボランティアグループが開いたトークイベント。
参加者の一人だったユウコさんが
「保育の大学に行きたいんやけど……」と
漏らした言葉を聞き逃さなかった。

林さんも苦学して夢を追う若者の一人だ。
父の仕事は不安定で家計は厳しい。
知的障害がある3歳下の弟がおり、
母と一緒に介助にも当たってきた。
公立高に進学したが、修学旅行費を稼ごうと
無理にアルバイトをした結果、体が悲鳴を上げて中退した。
「それでも教員になる夢はあきらめられなかった」。
高卒認定試験(旧大検)を受け、
通信制大学の小学教職課程に進んだ。

大学3年の時、大阪市の施設入所者向け
学習指導アルバイトに採用された。
「問題を解けた時の子供たちの明るい表情が
印象的だった」。任期は最長1年間。
「もっと継続的に関わりたい」。
そんな強い思いからarchを設立した。

夏休み、ユウコさんに希望大学の
過去の入試問題に挑戦してもらったところ、
高校の定期テストは高得点なのに、20点台しか取れない。
「入試まで3カ月、さすがに焦った」という林さんは、
塾講師の経験があるarchメンバー、
山口照美さん(38)に相談した。
「学校のテストと入試は違う。
大学ごとの傾向に合わせないと」と指摘された。

山口さんも加わり、月2回、日曜日の昼から5時間の指導を続けた。
入試科目に合わせて小論文と国語、面接対策に集中。
指導日以外もファクスで添削を重ねた。

ユウコさん自身も熟語の練習ノートを作り、
対策学習に積極的に取り組むようになった。
林さんは「勉強の仕方を知らなかっただけで、
一度調子に乗ったら一生懸命だった。
入試直後に『やり切った、悔いないわ』と言ってくれた時は、
やってよかったと思えた」としみじみ語った。

■「選択肢広げたい」

国の10年度調査によると、
児童養護施設に入所する高校生の大学・短大進学率は13%。
全国の54・3%の約4分の1にとどまる。
全国の中学生以上の入所者を対象にした
別の調査(08年実施)では、
大学・短大進学希望が25・7%にのぼった。
ユウコさんは、入所する施設初の大学合格者。
担当職員は「日ごろは手のかかる小さな子を優先しがち。
将来を考え始めた子に、もっと応える必要がある」と
自戒を込めて語った。

archは現在、別の施設の依頼で、
中学3年生や小学生を手弁当で指導している。
行政アルバイト指導員や個人ボランティアでは、
カリキュラムや時間的な制約で、指導に限界が生じる。
複数の人材を抱えた団体なら、
その子に合った担当を派遣したり、
進学情報を体系立てて提供することが可能だ。

林さんは「学びの自信は人生の選択肢を広げる」と
活動の意義を語る。
そんな林さんに、ユウコさんは
「見放されたり突き放されてばかりだった
私の思いを拾ってくれた。
今まで会ったことのない大切な存在」と感謝している。

国は来年度から、入所の高校生に対し、
資格取得などに必要な経費として
1人上限5万5000円を補助する
だが、通塾や模試受験のニーズを満たすには不十分だ
大人たちの理解不足によって学習環境の整備が遅れ、
子供たちの能力が抑え込まれることなど、
あってはならない。

ユウコさんは進学後、親元に戻るが、
学費と生活費はアルバイトや奨学金でまかなう予定だ。
厳しい学生生活になるだろうが、
「子供たちと過ごす自分の姿が、もうイメージできる。
保護者への対応や課題のある子との関わりも
学びたい」と目を輝かせている。
------------------------------------------------