待機児童を救う民間の保育所参入は“悪”なのか? 「子ども・子育て新システム」に募る異論の中身


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5月13日、東京・明治公園で
「いりません! 保育を産業化する子ども・子育て新システム
 5・13みんなの保育フェスティバル」が開催された。
この3日前、関連3法案の審議が衆院本会議で始まった
「子ども・子育て新システム」の中身に対して、
反対を表明する集会だ。
同法案の中で賛否が分かれていることの1つが、
民間企業やNPOの保育事業参入を促進しようとする方針である。
「深刻化する待機児童問題を解消するには、
民間の参入が必要だ」
「いや、それでは保育所の質が落ち、
子育ての安心・安全が脅かされる」と議論が白熱している。
保育事業への民間参入については、
既存の認可保育団体が、既得権益を守るために
新規参入を阻んでいるのではないかという指摘もあった。
果たして、保育事業への民間参入は是か非か。
(取材・文/プレスラボ・小川たまか)

民間の保育事業参入は悪なのか?
子育て新システムに広がる波紋


「保育を企業の儲けの道具にするなど言語道断」
「これまで長年守り続けた保育という聖域に、
企業が介入する」――。

5月13日に行なわれた「いりません!
保育を産業化する子ども・子育て新システム
5・13みんなの保育フェスティバル」(主催=同実行委員会)では、
保育関係者らによるこんな訴えが聞かれた。
同フェスティバルは東京・明治公園で行なわれた、
保育関係者や家族連れなど数千人が集結。
呼びかけやパフォーマンスを行なった。

この3日前、5月10日に関連3法案の審議が
衆院本会議で始まった「子ども・子育て新システム」。
待機児童問題を発端とする子育て改革が重要な節目を迎えている今、
子育てシステムを抜本的に見直そうという動きである。

賛成派はこの法案を「戦後最大の子育て改革」、
反対派は「戦後最悪の子育て改革」と呼ぶ。
複雑なこの新システムに関して、
賛成派と反対派がそれぞれの意見を表明している。

今回の「子ども・子育て新システム」には、
「株式会社、NPOなどの多様な主体の参入促進」のため、
「サービスの質を担保する客観的な基準による
指定性を導入する」こと、
「施設整備費の在り方を見直す」ことなどが盛り込まれている。
前述のフェスティバルで聞かれた訴えは、
民間企業の参入に対する反発と思われる。

待機児童の解消が問題であることは間違いないが、
だからと言って「安易な民間企業の介入を許すな」というのである。
ここには、認可保育園と同等の「保育の質」が
民間企業の運営で保たれるわけがない、という前提がある。

果たして、保育事業への民間参入は実現できるのか――。
本稿では、このポイントに焦点を絞って、
新システムの在り方を考えてみよう。

根強い認可保育団体の参入阻止説
反対派の主張は「保育の質」への不安


振り返れば、「保育の質」という言葉によって、
これまで民間企業は保育事業への参入を阻まれてきた。
国の補助金を受ける認可保育園には、公立と私立があるが、
私立の場合、補助金を受けられるのは主に社会福祉法人。
株式会社に対する施設整備補助金は、
原則として行なわれてこなかった。

既存の認可保育団体が、
既得権益を守るために新規参入を阻んでいる
のではないかという指摘については、
(2010年11月21日号)で報じられている。
保育団体が保護者を巻き込んで主張するのが、
「保育の質を落とすな」というものだった。

確かに、「保育の質」という言葉は重い。
子育て中の親であれば、より安心できる園に
子どもを預けたいと思うのは当たり前であり、
質の悪い保育所を増やす恐れのある動きがあるならば、
反対したいと思うだろう。

しかし、「保育の質を守る」という訴えは、
本来ならば、その「保育の質」が全ての人に行き渡ってから、
議論されるべきことのはずである。
また、「保育の質」を問題にするのであれば、
反対されるべきは「劣悪な保育をする運営者」であり、
民間企業ではない。

もちろん、劣悪な保育をする可能性がある
民間企業もあるのかもしれない。
筆者自身、ある民間企業が運営する
保育所の質が悪いという噂も確かに耳にした。

ただし、認可団体で行なわれていれば保育の質が良く、
民間企業が行おうとする保育は全て質が悪いという、
ある種の「思い込み」で議論がストップするのは、
危険だと感じるのである。
「保育の質」とは、子どもを持つ親にとって
非常に魔力を持つ言葉だからこそ、
慎重にならねばならない。

保育所不足こそ質の低下を招く?
本来議論すべきはスピードと質の両立


新システムの審議通過を支持する1人が、
特定非営利活動法人フローレンスの代表・駒崎弘樹氏だ。
駒崎氏は、「供給量が上がれば、
今より保育の質は上がる」と訴え、
新システムのうち、「指定制の導入」と「情報開示の義務化」、
そして「小規模保育サービス」を評価するという。

まず、「指定制の導入」とは、
要綱では「事業者を指定し、
指定された事業者がサービスを提供する
仕組みを導入(指定制の導入)する」とある。
現行の制度では、認可を受けた幼稚園または保育所についてのみ
財政措置を行なっていたが、新たな制度では、
行政庁の認可を受けていない保育事業であっても、
財政措置の対象となる。

自治体の認可を受けずとも、
財政措置が受けられるこの制度のメリットを、
駒崎氏は「保育を行ないたい事業者が、
スピーディーに開園し、結果、
待機児童の解消につながること」と話す。
潜在的には85万人とも言われる膨大な待機児童を減らすためには、
迅速な動きが求められている。

これについては、「スピードよりも
安全な保育の方が必要」という反論があるだろう。
もちろん、安全な保育は重要であるが、
最も望ましいのはスピードと安全を両立することだ。

「現在はそもそも保育園の数が少なく、
一部の親は(劣悪な環境の)ブラック保育園を選ばざるを得ず、
たとえブラックであることに気付いても他に行くところがない。
供給量を増やせば、質の悪い保育園は選ばれなくなる」(駒崎氏)


ブラック保育園もなくなるはず
「情報開示の義務化」は評価すべき


さらに、「情報開示の義務化」によって、
「保育の質」はこれまでより向上するという。

「これまでの保育制度の最悪な部分は、
たとえ保育所で事故が起こっても、
公表する義務も調査する義務もなかったこと。
『情報開示の義務化』によって、
保護者はその園がどんな問題を抱えているのかを
チェックできるし、開示している情報に嘘があれば
『おかしい』と声を上げることもできる」(駒崎氏)。

認可保育園で起こった園児死亡事故について、
行政の調査が入るまで1年半かかった例もある。
しかも調査が入ったのは、保護者が再三の訴えをしたからである。
駒崎氏はこう語気を強める。

「実際に事故が起こったのであれば調査され、
その調査結果と改善課題を全国全ての保育園が
共有しなければならない。
これまでの保育業界では、
その当たり前のことがされてこなかったのに、
そもそもなぜ『保育の質』が語れるのか」

駒崎氏が評価するもう1つの「小規模保育サービス」は、
これまで20人以上園児がいなければ
認められなかった認可を、
それ以下でも認められるようにするもの。

待機児童の多い都市部では、
小規模な保育園こそ開設しやすく、
また小規模であるからきめ細やかな保育ができるとも言える。
フローレンスでは、独自に小規模保育サービス
「おうち保育園」の取り組みを以前から行なっており、
この成功が認められたかたちだ。

ただし駒崎氏は、新システムの審議通過を支持する一方で、
「新システムは45点」とも口にする。
これについては、学習院大学経済学部の鈴木亘教授の
話を引用したい。


参入はよいが「幼保複雑化」には反対
賛成派でも意見が分かれる新システム



鈴木教授はもともと、
保育三団体(日本保育協会・全国私立保育園連盟・全国保育協議会)の
“既得権益側”に否定的な立場をとってきた。
認可保育を「ベンツ」、認可外保育を「徒歩」にたとえ、
認可保育園にばかり補助金が注ぎ込まれる状況を指摘し、
民間企業の参入しやすい制度を求めてきた経緯がある。
しかし鈴木教授は、今回の新システムに反対している。

「反対の理由の1つは、待機児童解消のためと言いながら、
最も待機児童の多い0~2歳までを預かる
総合こども園が増えないこと。
幼稚園が『総合子ども園』に変わることで
増えるかと思われたが、結局、
幼稚園が総合子ども園になる場合は
0~2歳児を預からなくてもよいと決まってしまった。
総合子ども園という同じ名でありながら、
中身の違う様々な施設ができることになる。
これでは、幼保一体化ではなく、幼保複雑化だ」

また鈴木教授は、補助金が投じられた先について疑問を呈する。

「7000億円が投じられるにもかかわらず、
実態は既存の認可保育園と幼稚園がほとんどを
受け取る可能性がある。
認可外や保育事業所の増設に補助金が使われるのではなく、
すでに『保育の質』が高い状況であるはずの
認可保育園や幼稚園に、補助金が使われるのはおかしい。
この補助金の使われ方は、待機児童解消と全く関係がない」

この2点については、駒崎氏も
「新システムの全てがよいと言えるものではない」と、
部分的には同意する。ただし、その上でこうも言う。

「現状が20点なので、新システムが45点だったとしても、前進は前進。
政策はプロセスが重要なので、
これをきっかけとしてさらに改善していければ」(駒崎氏)

今回指摘した以外の部分でも、
子ども・子育て新システムには疑問が投げかけられている。
冒頭の「保育フェスティバル」では、
「子どものために公費が使われなくなる」
「市町村が保育を提供する責任がなくなる」
「保護者の負担が大きくなるのでは」など、
保護者側から不安の声が噴出した。

改革の内容が多岐にわたるため、
保育関係者であれば、その内容を1つずつ追っていくと
気になる部分が出てくるのは、いわば当然だ。
政府はこれらの疑問に1つずつ答えていく責任がある。

内閣府には、「子ども・子育て新システムに関するQ&A」があるが、
たとえば、3歳未満児の受け入れを義務づけないことに関する
想定質問についての回答など、どこか曖昧なようにも感じられる。

子どもたちのための議論が
なぜここまで食い違うのか?


待機児童の問題は、1990年代後半になって始まった。
この10年で保育システムは
急激な変化を求められることになったと言える。
これまでの制度で、認可保育園に子どもを入れられる
保護者の基準として「保育に欠ける」という、
時代錯誤に感じられる文言があることについては
度々触れられているが、
制度が時代に合わなくなってきていることは確かだ。

本稿では、「民間企業が保育事業へ参入することは是か非か」
という疑問を最初に提示したが、
記事中でも述べたとおり、
保護者が「保育の質」にこだわるのは当然のことである。

また、もちろん「保育の質」が守られない制度改革であれば、
それは追求しなければならない。
ただし、「保育の質」という言葉が持ち上がると、
複雑な制度改革を前に、議論が短絡的な方向に向かいがちであり、
これは危惧されなければならないと感じる。

保護者はもちろん、保育事業者の多くは、
子どものための安全な保育を第一に考えている。
ただ、これまで新たな改革を求めてきた駒崎氏と鈴木教授ですら
意向が食い違うことからもわかるように、
解決の糸口を見つけること、
また制度とその改革内容を正しく理解するのは難しいことだ。

冷静な議論を行ない、誰が本当に保育の将来を見据えて
意見を言っているのか、今一度見極める必要がある。
本来ならば、手を取り合って協力するべきはずである
保育関係者らの議論が前向きなものになることを願う。
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