
KoLnet様
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東日本大震災の津波で亡くなった
宮城県山元町の東保育所の園児2人の遺族が、
保育所を運営する町に計約8800万円の
損害賠償を求めた訴訟の弁論準備が1日、仙台地裁であった。
遺族側は、被災した同県亘理町の町立吉田保育所の
園児が避難した経緯について質問する
調査嘱託を地裁に申し立て、採用された。
遺族側によると、吉田保育所は津波で被害を受けたが、
遺族側によると、吉田保育所は津波で被害を受けたが、
職員らは津波の襲来を予見し、
全園児を近くの小学校へ避難させた。
東、吉田の両保育所は海からの距離がほぼ同じで、
質問は山元町側も同様に津波の襲来を
予見できたことを立証するのが狙いという。
震災発生後に吉田保育所や亘理町の職員が情報を集めた手段や、
震災発生後に吉田保育所や亘理町の職員が情報を集めた手段や、
保育所から町への連絡の有無、
町からの指示の内容などの回答を求める。
訴訟は津波襲来の予見可能性や、
訴訟は津波襲来の予見可能性や、
町による避難指示が東保育所のある行政区を含む
沿岸の全行政区を対象としていたか、などが争われている。
町側は準備書面で予見可能性をあらためて否定し
町側は準備書面で予見可能性をあらためて否定し
「沿岸の全行政区を対象とする
避難指示は出していない」と主張した。
訴えによると、東保育所は巨大地震発生後、
当時の町総務課長の指示を受け、
園児や保育士らを園庭に待機させた。
午後4時ごろ、津波が約80メートル先にまで
押し寄せたのを確認し、車10台に分乗して避難を開始。
6番目に出発したワゴン車が津波にのまれ、