増える児童虐待、子育てに悩む主婦

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日本の歴史上、女性の“専業主婦”が浸透したのは、実は戦後の1950~70年代である。

「男=会社、女=家」という構図は、
日本が右肩上がりの高度成長期にあったからこそ、実現した仕組みだ。
第一次産業=農業が中心だった時代は、
農家の嫁は朝早くから亭主と一緒になって田畑を耕し、
日が暮れるまで厳しい農作業に明け暮れていた。
その間、自分の子どもたちは、祖父母や近所にいる共同村落の人間が
一緒になって育ててくれた。生活は貧しかったが、みんなが貧しかった。
大家族で子どもの数も多く、放ったらかしにされても、何とか1人1人育っていった。

「育児ストレス」「教育ママ」が時代の流行に

しかし戦後になり、価値観が180度変わる。
日本経済のめざましい発展とともに、「男=会社、女=家」という役割分担の構図が定着。
亭主はモーレツサラリーマンになり、嫁は家で家事・育児をするのが「仕事」になった。
核家族化が定着し、多摩(東京)や千里(大阪)など、
ニュータウン(=主に郊外の高層団地)の開発ラッシュとなった。

今と違って当時は、専業主婦にとってまさに黄金の時代。
税制面でも、主婦の年収が103万円を超えると、
会社員の夫が配偶者控除を受けられなくなる“103万円の壁”が注目され、
主婦は働いてもせいぜいパートどまり、というスタイルが定着したのである。

だが、経済が右肩上がりの時代が終わりにさしかかると、
そうした家族観、仕事のあり方にも、様々な綻びが出始めた。

70年代に入り、「育児ストレス」という言葉が頭をもたげる。
育児を終えた後は、教育が母親の仕事として重くのしかかった。
“教育ママ”が時代の代名詞となり、過熱する受験戦争がそれを後押しした。

家の中では、子育てに悩む主婦が孤立。
そして71年には、ロッカーに乳児を遺棄したあの“コインロッカーベイビー事件”が起こる。
この事件以降も年間数件、大都市のターミナル駅で同様の遺棄事件が発生。
これには、望まない妊娠や未婚のまま母となった例も多く、
極めて一部の異常な出来事として認識されていた。

一方で、女性の社会進出に伴い、少子化がジワリと進んでいく。
戦後の合計特殊出生率の最低記録を塗り替え、「1.57ショック」と言われたのが、90年だ。
それまで、ひのえうまを理由に出生率が最低だった1966年の「1.58」を、
初めてこの年、下回ったのである。
児童虐待相談件数22年連続増、加害者は実母が過半

バブル崩壊と女性の社会進出、さらに若者の晩婚・晩産化。
少子化が進む中、衝撃的な事件が起こったのは、99年11月22日のこと。
文京区音羽のある著名な幼稚園内で起きた、“Hちゃん殺人事件”だ。

 これはお受験で張り合う、「ママ友」同士の複雑な人間関係が尾を引き、
容疑者の女Aが、同じママ友の娘である、Hちゃんに手をかけてしまった事件である。
A容疑者はHちゃんを公園内のトイレに連れ込み、Hちゃんをマフラーで絞殺。
持っていた黒のバッグに遺体を入れ、静岡県に遺棄した。
結局、その3日後、A容疑者は逮捕された。
2002年、東京高裁で、Aは懲役15年の判決が確定している。

当時、A容疑者の子と、ママ友の子だったHちゃんとは、事ある毎に比較されていた。
Aは自分の子がお受験で落ちた一方、Hちゃんが受かり、
それに嫉妬を覚えたことなども、事件の契機の1つになったとされる。
当時のメディア報道も大々的にこの事件を取り扱い、
育児に悩む主婦の孤独もクローズアップされた。

厚生労働省によると、全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は、
90年度の1101件から、12年度には6万6807人まで、22年連続して増加している。
件数激増の背景には、08年の児童虐待防止法改正などを背景に、
周辺住民による相談所への通告などが増えたことも、その一因と見られる。
加害者は実母が57%、実父が19%で、残りはその他となっている。
働く母だけでない。専業主婦も悩むのは同じ

育児に悩む母親。ワーキングマザーの職場における苦労ばかり注目されているが、
子育てで苦悩する女性も依然として少なくない。
共働きで保育園に子を預ける母親はその瞬間、育児から解放されるが、
専業主婦は乳幼児期にそれこそ24時間、子どもと向き合わなければならない。
「今日も1日赤ちゃん言葉だけで終わった」(30代のある母親)という光景はザラだ。

ちなみに厚労省の労働力調査(12年)を見ると、
全国には現在、約1293万人の専業主婦がいる。
うち育児期に当たる20~30代だけで、約323万人を占める。

自身で保育所運営を手掛ける、ある教育専門家は提言する。
「今は高等教育が当たり前になったが、おカネをかけて育児をし、
教育しても、先が不確実で読めない。
家にいる母親を孤立させず、社会で支え合うことだ」。

法制度などインフラ面の普及が進み、確かに働く女性を取り囲む環境整備は進んだ。
だが、それと同じくらい、学校や家庭、社会も激変している。
家で家事・育児をする主婦(注:もちろん家事・育児は男性もする必要がある)にとって、
悩みの種は尽きない。
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