人工授精:精子提供、子どもの幸せは 当事者ら苦しみ語る

毎日新聞
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 夫婦以外の第三者の精子・卵子を使った不妊治療や代理出産を
一部認める法案の検討が進む中、精子提供による
人工授精(AID)で生まれた人たちが、悩みや苦しみを語り始めている。
60年以上も前から「秘密」を前提に実施されてきた治療に、
どんな問題があるのだろうか。

 「精子提供が実施されているから、卵子提供も認めて良いという流れがあるが、
当事者は生まれる子ども。子どもに起きていることを振り返り、
この技術の是非を考えてほしい」
 ◇出自の「うそ」つらく

 25日、AIDで生まれた人の自助グループ「DOG」が
東京都内で開いたシンポジウムで、会社員、石塚幸子さん(34)は訴えた。
石塚さんは父親の遺伝病をきっかけに、23歳のとき
母親からAIDで生まれた事実を聞いた。
「親のうその上で成り立った人生で、何が本当か分からなくなった」。
親が隠したいと思う技術で生まれたことがつらく、
「精子というモノではなく、人が実在していたことを確認したい。
一度でいいから提供者に会いたい」と訴えた。

 「DOG」は今月、石塚さんら6人が家族との葛藤や苦悩をつづった本
「AIDで生まれるということ」(萬書房、税抜き1800円)を出版した。
子を授かりたい親の願いをかなえる治療が、
子どもの幸せを置き去りにしていないか問いかける。
 ◇問題解決は先送り

 AIDは男性不妊の治療として広まったが、精子提供者は匿名が前提。
AIDで生まれたことを子どもに告知する親は少ない。
問題点として、▽大人になって突然事実を聞かされ親子関係が崩れる
▽事実を知った人が「自分の半分はどこから来たのか」という不安感を抱く
▽生まれた子や親らの相談場所がない
▽子どもが精子提供者や遺伝情報を知りたいと思っても手段がない−−などが挙げられる。

 日本産科婦人科学会が精子提供の条件などについて指針を定めるが、
子どもへの告知や出自を知る権利の保障について公的ルールはない。
自民党のプロジェクトチームは先月、精子提供など第三者がかかわる不妊治療を
一定条件で認める法案をまとめたが、出自を知る権利については検討課題にとどめた。

 シンポジウムでは、慶応大病院でAIDにかかわった
久慈直昭・東京医科大教授(産科婦人科学)が、親の意識の変化を紹介した。
同病院の調査(2010〜11年)では、AIDを希望する夫婦112組のうち、
生まれた子どもに積極的に告知を考える夫婦は17組(15%)、
告知を悩む夫婦は32組(29%)。
「告知しないつもり」と答えた夫婦が58組と約半数を占めた。

 久慈教授は「約10年前の調査に比べ、告知を考える夫婦の割合は増えている。
告知を進めるのなら、カウンセリングなどの支援態勢が必要だ」と指摘した。
また、国内外のAIDの実態調査に取り組む長沖暁子・慶応大准教授(科学社会学)は
「AIDの問題を解決するシステムがないまま、
卵子提供への拡大はありえない」と主張する。【下桐実雅子】
 ◇ことば【AID(非配偶者間人工授精)】

 日本では1948年に慶応大が初めて実施し、
これまでに1万人以上が生まれたとされる。
日本産科婦人科学会の2011年の調査によると、
AIDを受けた人は年間892人。
うち165人が妊娠し、92人が生まれた(43人は妊娠後の経過不明)。
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