幸せな里帰り出産、育児を支えるために【前編】親の心構えあ


毎日新聞
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妊婦の多くが選択する里帰り出産。子供を産み育てる第一歩を、子育ての先輩である母や父のもとで踏み出すのは心強いものです。一方で、時代につれて変わった育児の「常識」や互いの価値観の相違から、母娘が衝突することも少なくありません。そうしたことから、親が「孫育て」にストレスを抱えてしまうこともあるようです。娘にとっても親にとっても幸せな赤ちゃんの誕生を迎えるために、親はどのように娘をサポートしたら良いのでしょうか。また、親が知っておくべき「現代の子育ての知識」とは。産科医で東峯婦人クリニック(東京都江東区)副院長の竹内正人医師に聞きました。2回に分けてお伝えします。【聞き手=編集部・鈴木敬子】

出産、子育ては娘の生き方の延長

−−里帰り出産する娘を迎える、母親の心構えについて教えてください。
 日本では昔から、母親が娘の「子育てコーチ」のような立場で、子育ての文化が伝承されてきました。でも、ここ30年ほどの間に、お産の環境も母娘の関係性もずいぶん変わってきた気がします。
 たとえばかつては「お産は自然で」という根強い考え方がありました。しかし、今は晩産、少産となり帝王切開も増えてきて、安全に産めるのであれば、それほど「自然」にこだわらなくなってきています。また無痛分娩(ぶんべん)など、分娩方法もある程度は希望できる時代となりました。そして、その選択には産む人がそれまでの人生で培ってきた考え方が反映されています。いわば、産み方は生き方でもあるのです。ですから、母親が「普通は自然で頑張るもの」などと言ってしまうと、娘さんの生き方を否定してしまうことにもなりかねません。

 また、娘さんが子育てに自信をつけて自宅に帰った後でも、困った時には何でも相談してもらえる関係を里帰り中に築くことも大切です。そういう「安全地帯」があればこそ娘さんも自立しやすくなるでしょう。 子育てについても同じで、娘さんにはそれまでの生き方から、漠然とでも「こんなふうに育てたい」という思いがあるはずです。母親はまず、その考えを尊重することが大切です。娘さんの子育てを見ていると、最初は「何やってるの」と言いたくなる時があるかもしれません。でも、その気持ちをできるだけおさえて、育児には直接介入しないというスタンスをとることが大切です。その代わりに、食事や洗濯など身の回りの世話をするといったような、娘さんが育児に専念できる環境を整えてあげるという意識があるといいと思います。「ダメ出し」ばかりしてしまうと自尊感情が傷つき、産後うつのきっかけにもなり得ると思います。
−−里帰りの期間をお互い気持ち良く過ごすために、できることはありますか。
 考え方の相違などの有無をすりあわせることなく、何となく乗り切ろうとして結果的にぶつかってしまう人が多いようです。できるだけ出産前に話し合い、お母さんが娘さんに対して感じていることや自分がしようと思っていること、娘さんの育児そのものに対する考えやお母さんに望むことなどを互いに伝えておくのがいいと思います。
−−出産前の不安を取り除くために、母親ができることは何でしょうか。
 不安を理解してあげようとしている気持ちが伝わることが大切だと思います。たとえ励ますつもりでも「そんなこと考えたってしょうがないじゃない」といったような言い方は良くありません。「私もそうだったな」などとお母さんも自分の経験を話し、「不安なのは自分だけじゃないんだ」と娘さんが思えれば心強いと思います。

指示はせず、娘の話に耳を傾ける

−−産後の娘を支えるポイントを教えてください。
 出産後10日〜2週間くらいは、マタニティーブルーも含めてメンタル面で不安定になりやすい時期で、よかれと思って言ったことが逆効果になることもあります。この時期の不安は、時が過ぎれば解決することが多いでしょう。あまり指示をせず、娘さんが感情を素直に出せるように、「ああそうなんだ」と話を聞いてあげることが大切です。
−−父親の役割は何でしょうか。
 どうしても近くなりがちな母娘から少し離れて見守り、2人がぶつかってしまった時にはやんわりと仲裁をしてあげられれば、よりいいですね。子育てには自分から手出し、口出しをせず、病院に送っていくなどの後方的なサポートに徹するのが良いのではないかと思います。

娘の思いを受け止め、お産のストーリー共有を

−−娘も心がけるべきことはありますか。
 お産の後は精神的に落ち込みやすい時期です。自然分娩を希望していたけれど結果的に帝王切開になったなど、お産の体験を受け入れられず、「ちゃんと産めなかった」と後ろめたい思いを抱いている人も少なからずいるでしょう。そのことによって自分を否定し、子どもに愛着がなかなかわいてこなかったり、子育てにも自信がもてなかったりすると、産後うつのきっかけになり得ます。普段から心の中に押し込める感情にふたをせず、自分はどう思っているのか、ということを母親に話せるといい。お母さんもそれを受け止め、「そういえば私もあのときはそうだった」と当時のストーリーを話し、お互いに共有できるといいですね。
<略歴>
竹内正人(たけうち・まさと)/産科医・東峯婦人クリニック副院長
 1961年生まれ。87年、日本医科大卒。葛飾赤十字産院産科部長、櫻川介護老人保健施設施設長などを経て、2006年から現職。JICA(国際協力機構)の母子保健専門家として、ベトナム、アルメニアなどでの母子医療にも関わってきた。07年には妊娠・出産・育児中のママ、パパ向けのメールマガジン「そのママ」をスタートさせ、メッセージキャラクター「しきゅうちゃん」を発表。著書・監修書に「娘が妊娠したら親が読む本」(大泉書店)など多数。ルナルナファミリー総監修。公式ホームページ「Accept & Start」http://www.takeuchimasato.com/
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