産みにくく働きにくいままの国・日本は幸せか

ベビーカーに乗る赤ちゃんとままのイラスト(ソフト)
毎日新聞
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 「産みたい」「仕事を続けたい」「同僚に迷惑かけたくない」「復帰できるかな」「辞めようかな」−−希望と不安をいくつも抱えて、きょうも女性は働いています。政府は「女性活躍」の旗を振りますが、しんどさはちっとも変わりません。女性の「リアルな暮らし・ささやかな夢」を、藤田結子・明治大准教授(社会学)が読み解きます。

誰のために「女性活躍」を推進?

 明治大学で社会学を教えている藤田結子です。研究者であり、教員であるとともに3歳の男の子の母親です。子育て真っ最中の共働き世代をめぐるミクロな状況とマクロな仕組みを、当事者の立場からこのコラムで伝えていきたいと思います。
 近年、「女性の活躍」「マタハラ」「保活」「待機児童」など、仕事と育児に関する用語がメディアに頻繁に登場しています。記事や書籍、講演などの形で商品化される旬のテーマでもあります。
 政府は女性の活躍を推進し、企業は表面上はワーク・ライフ・バランスを掲げ、企業は共働きの増加をビジネスチャンスと捉えます。しかし、働く母親たちと話していると現状に疲れている人、怒っている人が少なくありません。彼女たちが直面する問題のほとんどが解決されていないからです。では、いったい何が問題とされているのでしょうか。

出産・育休・復帰に立ちはだかる高いハードル

 本来はうれしいライフイベントのはずの妊娠・出産の前には、高いハードルが立ちはだかっています。そもそも晩婚化、晩産化が進み、若いうちに子供を持つこと自体が難しくなっています。

午前9時、保育園に到着したお母さんと子供=埼玉県鶴ヶ島市のかこのこ保育園で、関口純撮影

 厚生労働省の人口動態統計によると、2014年時点の平均初婚年齢は男性31・1歳、女性29・4歳。国立社会保障・人口問題研究所が実施した「結婚と出産に関する全国調査」(2010年)は「男女の出会い年齢が上昇し、交際期間が長くなり、晩婚化がさらに進んでいる」と指摘しています。婚外出産が非常に少ない日本では、晩婚化はすなわち晩産化を意味します。
 結婚や出産が遅くなったのは若年男性の雇用の不安定化や女性の高学歴化・経済力上昇、価値観の変化など複数の要因が影響した結果ですが、すると今度は、メディアや不妊治療医からこんなふうにあおられます。「35歳を過ぎたら卵子老化で産めなくなる!」。都市部の不妊治療クリニックはどこも大行列。初診に2カ月待ち、当日数時間待ちもざらです。
 妊娠しても不安は消えません。職場にいつ伝えるのか、育休を取れるのか、仕事の割り振りや引き継ぎはどうするか、上司や同僚に嫌がられないか、産むことでキャリアが途切れないか−−職場の上司の大多数は男性なので、相談する相手が見つからないケースも少なくありません。
 大きな企業の正社員なら、利用しやすいかどうかは別にして、育休などの諸制度が整っていることでしょう。では非正規雇用の場合は? 「辞めてほしい」と言われたら? 休めたとしても、復帰する前に保育園は見つかるのでしょうか。

ベビーカー論争に見る働く母親への圧力

 「婚活」「妊活」のあとの保育園探しも大変です。待機児童が多い都市部では、認可保育園への入所は、どれだけ保育に困っているのかを競う点数制で決まるからです。妊娠中に保育園探しを始める女性も珍しくありません。
 一人親家庭の方が点数が高いので、点数稼ぎのために一時的にペーパー離婚をして、入所後に折を見て再婚する人までいます。選考に落ちれば、家から遠い第3、第4希望以下の保育園に電車や車で送り迎えすることになります。


 では、通勤ラッシュ時に幼児を抱いて、もしくはベビーカーで電車に乗れるでしょうか。2012年に話題になった「ベビーカー論争」−−朝の通勤電車にベビーカーを乗せる母親に対するバッシングと擁護の論争−−は記憶に新しいところ。
 批判する側の「危ないから」という理由の裏には、公共の場所、つまり社会においては、仕事・男性が育児・女性よりも優先されるべきだ、という価値観が潜んでいると思われます。働きながら子供を育てる女性への有形無形の「圧力」はいまだに強力です。
 社会経済構造はこの20年で大きく変わりました。長く続いた不況の結果、十分な収入がある男性と専業主婦、そして子供2人という家族モデルは標準ではなくなり、共働きを志向する男女が増えました。
 この変化に比べて、制度や男女の役割分担意識は大きく変わっていません。育児の責任が女性に偏ったままでは「女性の活躍」は難しいと、識者から再三指摘されてきたのですから、日本社会も政府もこれらの問題に本気で取り組む気がないように見えます。
 何を変えればいいのでしょうか。
 <「育児サバイバル」は原則月2回掲載です。次回は9月11日です>
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