DNA鑑定秘話〜子ども16人をタイ人女性に代理出産させた日本人資産家の真意は?

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ヘルスプレス
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 「江戸いろはかるた」の「り」は、「律儀者の子沢山」だ。誠実で実直な人は夫婦仲がいいから、子どもがたくさんできる。子どもは人生最上の宝であり、夫婦の鎹(かすがい)になるが、子煩悩の夫婦にかぎって子宝に恵まれない皮肉もある。また、「子を知ること父に若(し)くはなし」ともいう。とりわけ、父の遺伝子は重く、尊い。子どもの長所も短所も熟知しているのが父親の宿命だし、宿願のはずだ。
 16人もの乳幼児の父親になると心を決めた男は、何を思って父親になったのか? 子どもの行く末をよくよく考えていたのか? 隠されたネライや魂胆があるのか? そんな疑念がふつふつと脳裏に湧いてくる釈然としない「代理出産事件」が、タイの首都バンコクで起きた。

DNAの親子鑑定で乳幼児16人の父親と判明したが……

 2014年8月16日の「The Huffington Post」の報道によれば、24歳の日本人男性が、タイ女性の代理出産によって16人の乳幼児の父親になった。報道に先立つ8月6日、タイ警察は日本人男性がバンコク市内に所有するマンションを家宅捜索し、身元不明の乳幼児9人をまず保護。1カ月から2歳の乳幼児のうち、6人が男児、3人が女児。すべての乳幼児にベビーシッターが付き添っていた。さらに8月15日、男性が関わった代理出産によると見られる乳幼児7人を保護、合わせて16人の乳幼児の存在を確認した。
 この日本人は誰か? 日本のマスコミ報道よると、東証一部上場企業、株式会社光通信の創業者・重田康光氏の長男・重田光時氏。時価総額約50億円もの株を保有する資産家といわれる人物だが、なぜ代理出産に関わったのかが、まず疑われた。
 タイ警察は、16人の乳幼児のうち、4人がカンボジアなどに出国していたため、人身売買や臓器売買などの犯罪性の是非を疑い、重要参考人として重田氏に事情聴取を求め、DNA鑑定の提出を依頼した。重田氏は事件の発覚後、タイからマカオに出国し、香港から日本に帰国。8月17日、タイの代理人弁護士を通じて、DNA鑑定のサンプルを提出。DNA指紋法による親子鑑定の結果、重田氏は16人の乳幼児の父であることが判明した。

16人もの子どもを代理出産させた意図は何か?

代理出産の意図は何か? 重田氏は「世界のために私ができる最善のことは、たくさん子供を残すことだ。資産を引き継ぐ後継者が欲しかった」などと語ったという。
 また、重田氏の代理人弁護士は「重田氏は、代理出産で商業的な利益は上げていない。善意で子どものいない夫婦に赤ちゃんを渡すことが目的だ」と法的に問題はないと釈明。
 さらに、代理母を紹介したニュー・ライフ・グローバル・ネットワークの共同創設者であるマリアム・ククナシビリ氏は、「重田氏は、毎年10~15人の子供が欲しいと言った。100~1000人の子供をもうける計画があるらしい」と話した。
 重田氏の真の動機は何なのか? 相続税対策や不動産取得の方策とか、養子縁組への布石とか、人身売買とかさまざまな憶測クが取り沙汰されるものの、まったく判然としない。
 タイでは、商業的な代理出産は未公認、夫婦の血縁者が代理母になる代理出産以外は違反行為だ。だが、代理出産を規制する法律も罰則もなく、唯一の指針はタイ医療協議会のガイドラインだけ。病院や業者のホームページを見れば、男女の産み分け、代理出産、卵子提供などの情報が公然と宣伝され、代理出産ビジネスはほとんど野放し状態だった。タイ産婦人科学会生殖医療部会によれば、代理出産は、年間数千件に上るとみられている。
 ところが、2013年12月、タイ人女性が代理出産した双子のうち、ダウン症候群の男児の引き取りを拒否し、健康な女児だけを連れ帰ったオーストラリア人夫婦が非難を浴びる事件が注目を集めた。その後、代理出産の見直しの世論が強まり、規制強化の機運が高まった。
 折も折、2015年1月14日、今回、保護された乳幼児9人のタイ人代理母6人は、家庭裁判所に子どもの親権を求める民事訴訟を起こした。乳幼児9人はタイの社会福祉局に保護され、代理母たちは定期的に訪問や接触を許されていた。
 AFPBB Newsによれば、代理母6人は1人当たり約40万バーツ(約140万円)の報酬を得る契約を行って出産した。代理母6人は乳幼児たちへの社会福祉局の処遇や対応が適切でないと主張しているが、代理母たちの養育能力や安全な家庭環境の証明が問われているという。

外国人から依頼された代理出産は全面禁止になったが……

状況はさらに変転する。2015年2月19日、タイの暫定議会は、外国人カップルによる代理出産を禁止する「生殖補助医療によって出生した子どもを保護する法律」を賛成多数で初めて可決した。原則として、代理出産をタイ国籍の法的婚姻関係にある夫婦と、その親族の代理母だけに認め、タイ人でない外国籍の夫婦は、代理出産はできないと定めた。
 代理出産は、政府の免許を受けた医療機関にだけ認められ、違反すれば6カ月以下の禁錮刑。商業目的の代理出産も禁じられ、違反すれば10年以下の禁錮刑。仲介行為も全面的に禁止された。
 代理出産の規制は、タイ国内の政情不安や政権対立などで、法制化への道のりは遠かった。ところが、昨年5月の軍事クーデターを契機に、軍が主導する暫定議会が立法作業を推し進め、ようやく立法化に漕ぎ着けた。
 かたや日本の現状はどうか?
 2003年、厚労省は「代理懐胎は全面禁止する」と発表。2008年、日本学術会議は「妊娠・出産という身体的・精神的負担やリスクを代理懐胎者に負わせるため、代理懐胎を法律によって原則禁止するのが望ましい」と提言。日本産科婦人科学会は、ガイドラインによる自主規制を定めた。だが、代理出産を禁止する法律はない。一部の産婦人科医が携わったり、アメリカや東南アジアなどで代理出産を行うケースがほとんどだ。

代理出産への批判や反論の数々

 だが、代理出産への批判や反論は、枚挙にいとまがない。
 代理母に懐胎・分娩によるリスクを負わせるので、人道的・倫理的に許されない。生殖医療で全てを解決するという科学万能主義は認められない。代理母の先天的な遺伝子異常が子どもに伝わるリスクがある。金銭の授受を伴う代理出産契約は、公序良俗に反するために無効。代理母が子どもの引き渡しを拒否するトラブルがある。障害を持って産まれた子どもを依頼元の父母が引き取りを拒否する場合がある。法的な親子関係や親権が確定しないケースがある。人種差別の温床にもなる。複雑な家族関係のしがらみは、子どもに精神的負担を与える。子どもが自分の出自を知る権利が保証されていない。正しい情報が少なく悪徳仲介業者による事件が絶えない。費用やリスクが高い……。挙げればキリがない。
 もともと代理出産は、子どもを授かれない夫婦が子どもを授かるための生殖補助医療だ。今回の事件のように、守られるべき権利と果たすべき責任をすり替えるような事態は、本末転倒ではないのか?
 乳幼児16人の未来をどのように保護するのか? 代理母たちの権利やリスクは守られるのか? 生命倫理は克服できるのか? 重田氏は社会的・倫理的な責任を果たせるのか?
 DNAによる親子鑑定の貢献度は確かに高い。だが、生殖補助医療が問いかける問題は山積し、錯綜している。

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
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