肝いりのはずの「子育て支援策」が心配な理由



東洋経済オンライン
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少子化は高齢化と並んで日本が長年抱える大きな懸案だ。国の活力をそぎかねない人口減の最大要因でありながら、出生数の減少・出生率の低下傾向は長らく続いてきた。1人の女性が生涯に生むと推定される子どもの数となる合計特殊出生率は、2005年に戦後最低の1.26を記録。近年も1.4前後の低水準で推移している。人口を保てるとされる2前後のはるかに下だ。
これにくさびを打ち込もうと、政府は昨秋に打ち出した経済政策の柱となる「新3本の矢」の中で、「希望出生率1.8」という戦後初となる政府としての出生率目標を公表し、子育て支援を充実する方向を打ち出した。安倍政権の「肝いり」といってもいい政策の一つだ。
その後、「1億総活躍国民会議」での議論などを経て子育て支援強化策のいくつかが具体的にまとまり、動き始めている。一方、その中には明らかに実効性や必要性に乏しい策がある。親・子・祖父母といった3世代での同居に対応することを目的に自宅を改修(リフォーム)すると、所得税を軽くする税制だ。
住宅税制は日本の所得税政策の主要な位置にあり、景気の変動を反映して国民の生活と切っても切り離せない減税策となっている。3世代同居の改修にかかる特例はその住宅28年度の税制改正大綱によって、昨年末の閣議決定で創設された。

最大62.5万円が所得控除されるとはいうものの…

具体的には2016年4月~2019年6月末の期間が対象だ。借入金の場合は住宅借入金等の5年間で年末残高の2%、自己資金の場合は250万円を限度に10%税額控除する。この控除を利用すると、住宅借入金等をした場合、最大で5年トータルで62.5万円、自己資金の場合には最大25万円を一度に直接支払うべき所得税から控除できる。
もともと核家族の親子と、離れて暮らす祖父母の同居を推進したいというのが、この特例の狙いであろう。だが、効果は極めて疑わしく、必要性に欠ける。
たまたま創設されたタイミングで、3世帯同居を始めようと自宅を改修する人はこの特例を利用することはありえるかもしれないが、もともと祖父母と離れて暮らしていた核家族(親と未婚の子の世帯)が同居するとなると、金銭的、物理的、精神的なさまざまな問題が発生する。そのハードルをたった数十万円で乗り越えられる人がどれだけいるのだろう。
そもそも既存の住宅税制には住宅借入金等の特別控除(住宅ローン減税)があり、その特別控除との選択適用で、どちらかしか選ぶことができず、場合によっては従来の住宅借入金等の減税のほうが有利な場合もあるぐらいである。

「子育ては社会がするもの」という政府認識はどこへ

今から10年ほど前、平成17(2005)年版の国民生活白書「子育て世代の意識と調査」の結びにはこのような一文がある。
親世代だけでなく、同世代の友人、あるいは会社の同僚、近隣に住む人々など、社会全体で何らかの子育てに参加する、あるいはそれができる仕組みを構築していくことが望まれる。子育てが家族の責任だけで行われるのではなく、社会全体によって取り組む、「子育ての社会化」が重要である。

これを読み解く限り、今から約10年前には「子育ては社会がするもの」という政府の認識があったが、10年が経って今度は「子育ては家族がするもの」というふうに変わったと解釈できる。
昭和中・後期ぐらいまでであれば、子育ても介護も家族という単位でそれを吸収しあえた部分はあった。子育ては母だけがするものでなく、一緒に住んでいる親兄弟も積極的に携わってくれた。むしろそれが家族の当然の役割であったのだろう。また、舅・姑の介護も主として嫁が引き受け、当然のこととしてその最期を看取っていた。このように昔のように、家族に子育ての負担の一部を吸収させようと考えるのだとしたら、無理がある。
戦後の日本は工業化や都市化とともに核家族化が進み、1世帯当たりの平均世帯員は1950(昭和25)年に5.0人だったのが1975年には同3.4人に減少。その後も単身者世帯の増加もあって明確に上向くことはなく、最新統計となる2014年6月は2.49人と過去最低を更新している。一方で、かつての大家族が持っていた機能の多くは公共・民間のサービスに担われる部分も多くなっている。
一方、高齢者は年を取ったら年金や自己資金で暮らし、誰の犠牲にならずに自分の趣味に没頭することができる時代になった。高齢者も元気なうちには好きなことをする生き生きとした老後を送りたいという願望から孫の世話をしたがらない高齢者もいるという。
実際、生存中は子供家族とはあまり接触せず、一人暮らしだった相続人の遺産調査をしていると、趣味に高額なお金を毎月使っていた高齢者がいたほどである。また、少子高齢化の世の中、孫がいる高齢者も減少している。やっと待望の孫が出来た頃には子供の晩婚化で年老いてしまい、孫の世話どころではなくなってしまい、育児における「戦力外」になる高齢者も多いと聞く。

今さら「子育ては家族がするもの」は虫が良すぎる

ほんの10年前に「子育ては社会がするもの」だった政府の認識は、こうした大きな流れに沿ったがゆえであろう。そのうえで、「子育ては家族がするもの」という流れに大きく舵を切るという前提に立って仮に少々の経済的アドバンテージを与えられるとしても、ほとんど効果はない。同居によって期待できるとされている「育じい・育ばあ支援」といった保育施設の不足を同居によって補おうというのも、虫が良すぎる話になってしまう。
3世代同居を促進するリフォーム減税の弱点自体は些少な話かもしれないが、結局、日本政府は少子化問題に対するさまざまな施策や方針に一貫性がなく、長期的かつ広い視点を持って対処できてこなかったことを露呈している。今回も大風呂敷を広げているが、細部を見ると「お茶を濁して」いるだけだ。これ以外に進められる子育て支援強化策も「絵に描いた餅」にならないか、何とも心配になってくる。
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