低賃金で長時間労働「保育士が足りない」



東洋経済オンライン
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東海地方で保育士として働くユミさん(32)は「とにかく人手が足りず、長時間労働を強いられる」と訴える。
朝は登園してくる子どもたちを受け入れ、保護者に子どもの様子を確認。午前中は散歩に出かけるが、担任の4歳児クラスに20人の子どもがいるため、すんなりとは行かない。担任は1人。時間帯によっては補助が1人つくが、けんかを始める子、トイレに行きたくなる子などの対応に追われる。とてもではないが、一人ひとりの気持ちや様子を見ながらの保育などできない。勝手に走り回る子がいれば、思わず目を吊り上げて「コラーッ!」と叫んでしまう。
さらに年中、なにかと行事があって忙しい。10月半ばに一大イベントの運動会が終わるとすぐ、12月の作品展やクリスマス会の準備に追われる。1月はお正月、2月は節分、3月はひな祭り。年度末は1年の集大成を保護者に見せるための生活発表会がある。毎月、月ごとの保育内容をまとめる「月案」を提出しなければならない。月案ができれば「週案」「日案」と、次々に書類が待っている。子どもがけがをすれば、インシデントレポートだ。保護者との面談も入る。

激務で自分の子育てできず

「いったい、どうやって勤務時間内に仕事を終わらせればいいのか」
毎日のように残業を3時間しても終わらないため、日誌や鬼のお面作りなどを持ち帰る。疲労困憊(こんぱい)で、一番大切な子どもへの接し方がきつくなっていく。
業務は多いが、保育士の賃金は低い。ユミさんは社会福祉法人が運営する認可保育園で12年も働く中堅だが、月給は手取り20万円。「それでも周りと比べたらいいほう」と、苦笑いする。
あまりの忙しさに、結婚を機に辞める同僚が後を絶たない。早朝保育や延長保育があるため、早番や遅番のシフトもある。子育てを考えると、両立が難しい。先輩保育士は、自分の子どもが病気で長期入院しても休みをもらえず、辞めた。30代の保育士はほとんどいない。園長は結婚した保育士に対して「しばらく妊娠しないでね」とくぎを刺す。結婚間近のユミさんは「このまま保育士を続けられるだろうか」と悩んでいる。
現在、保育所で働く保育士は約40万人いるが、資格を持ちながら実際に保育士として働いていない潜在保育士は70万人以上と言われている。厚生労働省によると離職率は平均で10.3%(私営保育所は12%)。経験2年未満の保育士の割合が高く、私営では17.9%となっている。経験年数の低い保育士が多く、7年目以下で半分を占めている。
東京都が行った「東京都保育士実態調査報告書」(2014年3月)によれば、公立や私立を含め全体の18.1%が退職の意向を示している。実際に退職した人の理由のトップは「妊娠・出産」、次いで「給料が安い」となっている。
長年、賃金が低いことが離職の原因とされてきた。そもそも国が見積もっている人件費が低く、14年度は年額で園長が約466万円、一般の保育士で約363万円。「賃金構造基本統計調査」(14年)でも、保育士の所定内給与は月20万9800円で、全職種平均の月29万9600円と大きな差がつく。
低賃金に拍車をかけた契機が00年に訪れた。それまで保育は公的事業として社会福祉法人が担っていたが、待機児童解消のため株式会社の参入が解禁されたのだ。保育の市場は3兆円とも見られ、ビジネスチャンスに企業が続々と参入。この6年間で300%増という勢いだ。

月20万では無理 異業種へ転職も

しかし、人件費の割合が高い保育事業で利益を出すには、人件費に手をつけるしかない。福祉医療機構の調べによれば、社会福祉法人が運営する保育園の収益に対する人件費比率は約7割となる。その一方で、共産党横浜市議会議員団が13年に発表した調査では、横浜市内の株式会社が運営する保育園の人件費比率は4~5割の企業が多かった。ただでさえ低い賃金設定から搾取され、保育士の賃金が低く抑えられてしまっている。
男性保育士も活躍し始めているなかで、「男の寿退社」という現象が起こっているのも賃金の問題が大きい。保育士の男性比率は2.8%(10年、国勢調査)で、伸び悩んでいる。
株式会社がチェーン展開する都内の保育園で働くマサシさん(27)は入社当時、「若くても実力次第で管理職に抜擢する」と説明され、モチベーションが上がった。3年目にはクラスリーダーになり、5年目の今、もうすぐ主任になれそうだ。30代前半で園長も夢ではない。
ただ、それは実力があるからではなく、次々に保育園が新規開設され、単に人手不足だからだと気づき始めた。新卒の給与は手取り13万円。今は2万円上がったが、実家から通っていてもカツカツだ。1日3~4時間は残業しているが、残業代は出ない。園長になっても、月給は20万円程度だと知って、すっかりやる気をなくした。
「これから結婚して家族を作りたいのに、月20万円程度の給与ではやっていけない。異業種に転職するなら今のうちです」
と、求人情報をチェックする。

体調不良でも出勤を強要される

不動産会社が経営する首都圏の保育園でも、「とにかくカネ、カネで子どもは二の次だった」とベテラン保育士のフユミさんは憤る。もともとは自社のマンションに住む子育て世帯向けの園児十数人の認可外保育園だったが、ビジネスチャンスに本格参入し、120人規模の認可保育園になった。保育に必要な教材が買えなくなり、人員は保育補助者を中心に3割も減らされた。フユミさんは言う。
「お散歩に行くのも危険がいっぱい。0歳なら2対1、1歳なら3対1くらいでないと安全は守れない」
認可保育園では保育士の配置基準があり、0歳児は子ども3人に対して保育士1人、1~2歳児は6対1、3歳児は20対1、4~5歳児は30対1となっている。だが、実際にはそれでは不十分で、保育園や自治体が独自に保育士や保育補助者の配置を増やすなど工夫をしている。
この園では、人員削減によって配置基準ギリギリになり、保育士の体調が悪くても「はってでも出ろ」と言われた。当然、良い保育などできるはずがなく、フユミさんはじめ保育士が次々と辞めていった。
そして、公立だから安心して働けるとも限らない。都内の公立認定こども園で働いていたシンジさん(30)は、地方公務員だったが安定とは名ばかり。
「実際はサービス残業の毎日で、超長時間労働だった」

臨時職が6割 正規と同じ責任

毎日、夜9時まで会議があり、残った仕事は家に持ち帰った。それでも間に合わず、土日も家で仕事した。ぐったりした状態で朝を迎え、子どもや保護者には明るく接しようと努めたが、心のなかでは「疲れた、休みたい」と叫びたい気持ちでいっぱいだった。保育士3年目でうつ病にかかり1年ほど休職した。
「復職しても、これから先の人生これでいいのか」
結婚の予定もあり、ワーク・ライフ・バランスが図りやすい事務職への転職を決めた。
地域によっては、公立園でも園長以外はすべて非常勤という場合もある。若手の採用枠は臨時・非常勤職員でしかないケースは珍しくない。全国社会福祉協議会と全国保育協議会が行った「全国の保育所実態調査報告書2011」によれば、公営保育園の保育士のうち非正規の割合は53.5%と過半数を占めるようになり、06年と比べても5.6ポイント上昇している。
関西地方のある自治体では、公立保育園で臨時職員が6割を超え、正職員と同じ責任を負って働いている。ある保育園では、0歳は正職員が2人と臨時職員が2人で担任を受け持ち、2、3歳は正職員1人に臨時職員が加わる配置だ。担任が臨時職員だけのクラスもある。臨時職員の年収は正職員の半分以下で約200万円。自治体の非正規の保育士(40代)は、「それでも民間に比べれば、まだマシ」という。
働く親たちにとって、保育園は何よりも頼りにしたい場所だ。そこで働く保育士が生き生きと働けなければ、親たちも安心して預けられない。
国は17年度末までに待機児童50万人の受け皿を用意するため、保育士を新たに約9万人確保するというが、小手先の処遇改善では保育士の離職は止まらず、現場が疲弊するばかりだ。
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