ふれあう育児は赤ちゃんを丈夫にする~ 訴訟続きの「カンガルーケア」は危険?

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ヘルスプレス
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新しい命の誕生とは感動的なもの。医療が発達した現代でも、出産は母子ともに命がけであることは変わらない。だからこそ、わが子と初めて対面したときの喜びはひとしおだろう。
 近年、出産後すぐに赤ちゃんを母親の胸の上に抱っこさせ、肌を合わせて話しかけたり授乳したりする「カンガルーケア」(早期母子接触)を行う施設が増えた。
 カンガルーケアには、母乳が出やすくなりスムーズに母乳育児をスタートできる、母子の絆が強まるといったメリットがあるという。ところが、カンガルーケアの最中に赤ちゃんの容態が急変し、呼吸停止などで救急搬送される例が全国で起きたため、一部に「カンガルーケアは危険」という認識が広がった。
 昨年も、福岡高裁宮崎支部(2015年10月)、大阪高裁(9月)、福岡高裁(6月)、大津地裁(3月)などでカンガルーケアによって重い障害を負ったという訴訟があった。ただ、今のところ病院側に責任はないとし、訴えが退けられるケースが多いようだ。

低体重児が丈夫になり母乳も良く出る

 カンガルーケアは、病院出産が一般化する前はごく普通の、伝統的な育児方法だった。再び注目されたのは1970年代、南米コロンビアの首都・ボゴダの病院で導入されたのがきっかけだ。
 この病院では早産や低出生体重児が多く、保育器が不足して困っていた。それを補うために母親が赤ちゃんをずっと抱き続けるようにしたところ、感染症による院内死亡が激減した。さらに母親側も育児拒否をするケースが減るという変化が現れた。
 親子のメンタルに良いという点は、先進国からもたちまち注目された。カンガルーケアは、急速に日本を含め世界中のNICU(新生児集中治療室)に広がり、やがて正常出産の一般の赤ちゃんにも普及していった。
 つまりもとをただせば、早産で生まれた子や、低出生体重児のために考案されたケア方法だったのだ。
 それについて今年の始め、米国小児科学会から新しい研究結果が発表されている。マサチューセッツ州・ボストン小児病院の研究者が中心となり、過去の124の研究をまとめて、カンガルーケアが低出生体重児にどのような有効性を示すかを検証したものだ。その内容は以下の通りだ。

普通のケアでも突然死は起きている

●低出生体重児の場合、カンガルーケアをすると従来のケアよりも死亡率が36%低くなった。
●カンガルーケアは、新生児の敗血症リスクを47%、低体温症リスクを78%、低血糖リスクを88%、再入院リスクを58%下げた。
●カンガルーケアにより、退院時に完全母乳育児である率が1.5倍になった。
 このようにカンガルーケアは、低出生体重児が死亡する危険性を抑え、低出生体重児の合併症として発症しやすい低体温症や低血糖のリスクも減らした。医学的に改めてその良さが見直される結果となったのだ。
 事故や訴訟の報道では、カンガルーケアそのものに問題があると読めるものが少なくない。しかし、誕生直後の新生児は、環境の変化で呼吸や血流が大きく変わるため、もともと不安定なものだ。早期母子接触をする・しないにかかわらず、新生児の急変は起きている。
 全国の「赤ちゃんにやさしい病院」を対象とした実態調査(2010年)では、原因不明のチアノーゼや心肺停止、転落事故のほか、乳幼児突然死の事例も報告されているが、その頻度はカンガルーケア導入によって増加してはいない。
 だが一方で、「分娩室・新生児室における母子の安全性についての全国調査」(2010年)によると、65%の施設がカンガルーケアを実施しながら、事前に妊婦に十分な説明をして同意を得ていたのは48%。実施基準を定めているのは31%、中断・中止する場合の基準を定めているのは40%に過ぎなかった。
 また関係者の間では、ベッドの角度基準がない施設で赤ちゃんがうつぶせ寝の姿勢になる危険性や、医療従事者による観察の不徹底を指摘する声もある。
 カンガルーケアの有効性は認められていても、実施基準が曖昧だったり、人手が足りない医療体制においては、危険因子のひとつとなってしまうかもしれない。
 そうならないためにも、誕生直後の命の危うさを医療スタッフと母親がともに改めて認識し、メリットとリスクを理解したうえ、整備されたサポート体制の元でケアが行われることが大切だろう。
(文=編集部)
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