「育児社員への配慮やめます」、資生堂の意図



東洋経済オンライン
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2015年11月9日朝、ツイッターは「資生堂」の文字で炎上した。NHKで“資生堂ショック”と題する、育児中社員の働き方改革が特集されたからだ。
番組内容で賛否両論を巻き起こしたのは、育児を理由とする、時短勤務の女性社員の扱いについて。資生堂は国内売上高減少の理由を、時短社員の増加と結び付けており、彼女らに同じ接客ノルマを課すようにした、など事実とは異なる内容も含まれ、同社は火消しに追われた。
放送から3カ月経ち、炎上は終息。ただ議論は資生堂一社の話から、女性社員戦力化に苦心する日本企業全体のテーマへ広がっている。

女性活用では先進企業の草分け

資生堂は社員の8割が女性という企業だ。1990年には法定より早く育児休業、1991年には育児時短の制度を導入。企業内保育所を開設するなど、育児と仕事を両立すべく、体制を整えてきた。
2007年度に導入したのがカンガルースタッフ(派遣社員)制度である。美容部員(社員)の場合、小売りの営業時間に合わせシフト勤務をするため、育児時短を取りにくかった。それを、OGや美容専門学生を派遣社員として店に配置し、時短社員の労働力減を補佐。2008年度には、1日2時間の短縮が可能な時短勤務について、法定では子どもが3歳までのところを、小学3年生までに延長している。
それ以来、時短を利用しながら働く美容部員は、2006年度の460人から2014年度に1133人まで拡大した。美容部員の属する資生堂ジャパンで、育児休業後の定着率は9割と高い。現在それを、約1600人の派遣社員が支えている。
しかし、女性活用では先進企業ゆえ、ぶち当たる壁もあった。まず職場でのひずみだ。独身や既婚者でも子どもがなく、土日・遅番シフトに偏りがちな女性社員からは、「プライベートの時間が取れない」といった不満が噴出。派遣社員が美容部員と同じ質の仕事ができるとも限らず、書き入れどきに顧客にカウンセリングできる人員の不足から、販売機会の損失も目立つようになったのである。
また、時短社員への手厚い配慮がかえって、本人のキャリアを阻んでしまう事例も散見された。「上司は『遅番に入れる?』と聞くこと自体、パワハラになったらいかんと、育児中の人を早番シフトに入れるのが通常になっていた。配慮をしてもらっている育児中社員は、『できる日もあります』とは言い出しにくい状況だった」(資生堂出身でワーク・ライフバランス社長の小室淑恵氏)。
美容部員の仕事は、経験を積むことで技術が伸びる、職人的な世界だ。育児中の社員は、接客スキルを磨ける第一線から外れることで、昇給・昇格の基準となる技能試験で不利になりかねない。実質的にマネジャー職は、遅番シフトまで対応できる社員が就くものになっていった。

一律・過剰な優遇は廃止へ

そうした中で資生堂は、育児中の社員に対する、一律・過剰な配慮の撤廃へと踏み切ろうとしている。
百貨店で接客販売する美容部員のうち、平日の早番シフトに入るのが慣例化していた育児中の時短社員に、できる範囲で土日や夕方のシフトにも入るよう要請。上司と面談し、家族の協力や保育サービスの活用でどこまで可能か、個々の事情を把握した。そのうえで2014年4月から実行に移したところ、冒頭の資生堂ショックとして取り上げられた、というわけだ。
改革断行の第一人者である本多由紀・人事部長は、1月に朝日新聞社が主催したフォーラムに登壇。「育児期の社員でもキャリアアップし、会社の戦力となってもらうという(女性活躍支援の)最終段階に進んだ」と強調した。
配慮撤廃という方針転換に反発も大きかったのでは、と思いきや、意外にも「社内はこれまででいちばん落ち着いた状態」(本多氏)。月に1回だけ遅番シフトに入る社員、残業免除のフルタイムに戻した社員などさまざまだが、98%が従来の働き方を改めたという。

資生堂に続く企業も

「ゼロか100かの両極端でなく、『今日はやれるが毎日は難しい』という、ケースバイケースの対応を可能にした今回の改革は、自然な流れだ」と女性活用ジャーナリストの中野円佳氏は評価する。
小売りの現場では資生堂に続く動きもある。三越伊勢丹ホールディングスは2014年から、時短勤務でも必要があるときは、1日単位でフルタイム勤務に戻せる制度を開始。日本ロレアルでは2015年から優秀な美容部員向けには、むしろ夕方・土日に勤務することを条件とする、週2回勤務制度をスタートした。
模索する企業。「出生率1.8」と女性就労率向上をアベノミクスは推進し、仕事と育児の両立制度が整備されてきたのも事実だ。が、それが職場の女性を二分し、育児中の社員を戦力化できないなど、新たに生じた悩みも多い。小手先の制度導入ではなく、どこまで個別の事情によった働き方にできるか。資生堂ショックは図らずもそれを世に問うこととなった。
「週刊東洋経済」2016年2月20日号<15日発売>「核心リポート04」を転載)
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