「介護の予算を削ってでも、子育てに金を注げ」はなぜ暴論か 介護もまた「女性の問題」である理由


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前回までは勤労・子育て現役世代の女性についてお話をしてきました。若年世代や現役勤労世代に対するアピールは票にもならないので政治家がなかなか育児や就労の問題に本腰を入れず、有権者の多くを占める高齢者の意見ばかり政治に反映されている「シルバーデモクラシー」になっている、などとも言われています。

40代以下の利用者が多いネットメディアでは、高齢者に対する財源や保障を削って、育児・教育に財源を回すべきだという意見がよく見られます。しかし、高齢者の世帯によほどの金銭的余裕がない限り、病気や要介護に陥った場合、金銭的にも物理的にも、公的援助や家族の援助を受けずに自立して生活していくことは困難になります。つまり高齢者への補助金や支援をカットしてしまうと、その負担は同居であれ別居であれ、子世代が間接的、直接的に負担することになるか、生活保護など他の公的援助を頼ることになるので、結果的に財政負担は変わらない、あるいはむしろ増大する可能性があるため、何の根本的解決にもなりません。

2015年を境に戦後のベビーブーム世代が全て65歳以上に達し、日本社会の人口構造は大きな転換を迎えました。子育てや教育の問題はボディブローのように日本社会を少しずつ痛めつけていくのに対し、高齢者介護問題は、ダイレクトに親世代、子世代、孫世代に影響を与えます。現実的に少子高齢化の進む日本で最も緊急度が高く「今そこにある危機」なのは高齢者介護問題なのです。



「平成26年度国民生活基礎調査」によれば、全世帯(単身世帯、夫婦のみ世帯、親と未婚の子のみの世帯、三世代同居世帯、その他の世帯)のうち、65歳以上の者のいる世帯は46.7%にものぼります。中でも65歳以上の者のみ、つまり高齢者の独居もしくは夫婦という世帯は他のどの世帯タイプより多く、全体の51.7%となっています。

同調査では、65歳以上の者の人口は3432万6千人と推計しています。そのうち「子と同居」の者が1394万1千人(65歳以上の者の40.6%)で最も多く、次いで「夫婦のみの世帯」(夫婦の両方又は一方が65歳以上)の者が1304万3千人(同38.0%)、「単独世帯」の者が595万9千人(同17.4%)となっています。この中でも、女性は68.0%が単独世帯、いわゆる独居老人であり、要介護者発生率も年齢が上がるにつれ、女性の方が高い点に注意を払う必要があります。

女性の要介護者の発生率は、65〜69歳2.0%、70〜74歳4.7%、75〜79歳11.9%、80〜84歳27.4%、85〜89歳48.5%、90〜94歳68.4%、95歳以上81.7%となっており、いずれも男性より高い率を示しています。

介護問題、高齢者問題は女性の問題
25年度の同調査によれば、65歳以上の要介護者がいる世帯数は全体の19%に上ります。ベビーブーム世代の年齢が上がっていけば、要介護者がいる世帯数はますます増えていきます。「保育園落ちた日本死ね!!!」で話題になっていたように、保育園や子育てのしづらさは日本、とりわけ都市部では大きな問題です。しかし世帯数やその割合を見ると、児童のいる世帯は全世帯の24%で、要介護者がいる世帯数と大して変わりません。政治家のやる気の有無やシルバーデモクラシーなどという話とは関係なく、日本全体で見た場合、高齢者介護の問題は子育てと同じように緊急性の高い問題なのです。物理的には、子がいない人はいても親がいない人はいません。介護問題を抱える人たちの数は、子育てをしている人たちよりも確実に増えていきます。

女性の方が男性より長生きであること、現役世代において男性よりも非正規雇用者の比率が多いことを考えれば、独居老人問題も高齢者介護問題も「自分に関係のないお年寄りの話」ではなく、messy読者世代の女性にとっても自分の問題として考えておくべき問題です。今35歳の人でも、あと30年もすれば訪れる可能性のある現実の話であり、子育てや仕事が忙しいから、税金の負担が重いからといって安易に「高齢者に対する補助や支援を減らして子育てに回せ」「勤労者の税金を減らせ」というのは、自分で将来の自分の首を絞め、将来的に子どもの負担を増やすようなものなのです。自分の子どもや若年世代に経済的、物理的な負担を与えたくない、自分の世話は自分でしたいと真剣に考えるのであればなおさら、政府の高齢者介護に関する政策方針、今なにが起こっているのか、何が問題なのか、について子育てや教育に関する関心を払うのと同じくらい関心を持っておくべき問題です。

また、介護離職が話題になっていますが、高齢者になると老人ホームやヘルパー派遣など介護サービスだけではなく、病院など各種の医療サービスを必要とすることも増えます。体が大きく、自由に体を動かすこともできず、場合によっては意思疎通にも困難を伴う高齢者に対する医療サービスは、サービス提供者にとっても負担の大きいものであるはずです。 以前も書いた話に関連することですが、一般的に医師=男性の高度専門職であるのに対し、看護師=女性の単純専門職とみなされています。個別の患者の状況について医師よりも詳細に把握し、実証的に証明されてきた結果や方法で看護計画を立て、実践する看護師の「専門性」や、高齢者の介護について高い知識と実践経験を有する介護士や介護福祉士の「専門性」が医師に劣るとなぜ言えるのか、それこそジェンダーの不平等を前提とした社会的な思い込みにすぎないのではないでしょうか。

保育士不足や保育園不足の問題は「中高年男性ばかりの政治家が実態を理解していない」「男性中心の長時間労働社会では男性が育児に関わることが難しい」「育児は母親の仕事という思い込みによって、母親たちが追い込まれている」など、男女の不平等や社会における性役割分担の問題などとセットで語られるのに対し、高齢者をめぐる問題についてはこの観点が弱いように思います。

女性の方が長生きである点、高齢者人口、要介護人口は男性よりも女性が多い点、介護従事者に女性が多い点、どの面から見ても高齢者や介護は「女性の問題」です。今、子育てをしている人たち、これから家庭を持とうという若い世代も、20年後には介護する側としての悩みに直面し、さらにその20年後には介護される側としての悩みに直面します。高齢者問題は、女性が男性よりも長生きしてしまうという生物学的特徴に加え、長年にわたって女性を家に縛り付け、女性の賃金を低く抑えてきたのと同じ「女性は愛で家族に奉仕」「主婦の仕事は誰でもできる仕事」「ケアは女性の仕事」「ケアは誰にでもできる簡単な仕事」「ケアは愛の奉仕だから無料」という、子育てや家事労働と同じ男女の不平等にもとづく「社会的思い込み」により、解決できずにいる問題だということを認識し、もっと声を出していくべきなのです。

参考
平成26年度国民生活基礎調査
平成26年度 介護給付費実態調査の概況(平成26年5月審査分〜平成27年4月審査分)
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