子どもの人格形成に影響を及ぼす、住まいのトラウマ


朝日新聞
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のびのび子育てするための新居で、子育てできる時間は案外短いと前回述べたが、子育てと住まいには時間の長短以上に意識したいことがある。それは、住環境が子どもの成長期に与える影響だ。科学的に証明されてはいないが、10年以上、住宅購入者や検討者への取材を続けてきた経験から、私は幼少期の住環境は子どもの人格や価値観の形成に少なからず影響を及ぼすと確信している。

 忘れられない取材事例がある。その方をここではAさんと呼ぶことにしよう。Aさんは結婚して賃貸住宅に入居し、ほどなくお子さんが誕生した。それから1~2年は何の問題もなく暮らしていたが、子どもが元気に歩き回るようになると、階下の住人から騒音の苦情がたびたびくるようになったのだ。以降、成長とともにますます元気に家の中を駆け回ろうとする我が子を、苦情がこないように叱りつける日々が1年近く続いたのだが、いよいよストレスに耐え切れなくなったAさんは、ついにマンション購入を決断した。選んだのは絶対に苦情がこない1階住戸。しかし、引っ越し直後、思う存分走り回っていいはずの我が子がおとなしくしているので「どうしたの?」と尋ねたら、「ママが下のおじちゃんに怒られるから」という思わぬ答えが返ってきた。

 Aさんは困惑した。新居は1階で階下の苦情を心配する必要などもちろんない。しかし、そんなこともまだ理解できない幼児に、以前の住まいが、あるいは住まいへのストレスがにじみ出た自分自身が、ストレスを与えていたことに気づき、Aさんはショックを受けたそうだ。

 Aさんを取材したのは新居に入居してしばらくたった後で、幸いAさんのお子さんは子どもらしく快活だった。しかし、仮に「走らないで」「騒がないで」と叱られる以前の住環境が続いていたら、Aさんのお子さんの人格形成がいまと変わらず進んだか、はなはだ疑問ではある。もちろん、どちらが良い悪いという話ではないが。

 Aさんのケースはひとつのエピソードにすぎないけれど、たとえば、一戸建て育ちの人はマイホームに一戸建てを、マンション育ちの人はマンションを「理屈抜き」に希望することが多いことからも、幼少期の住環境が子どもに与える影響は、大人が思っている以上に根深いものだと、私は経験的に思うのだ。お子さんがいる方、これからできる方は、今の住環境が子どもにどんな影響を与えていそうか、一度想像してみてほしい。自分は我が子をどう育てたくて、それにはどんな住環境が望ましいのかを考えることは、子育てにおいて決して無駄ではないはずだ。
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