学童保育の今/下 「よりよい環境」求め民間へ


毎日新聞
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入所希望者が増え待機児童まで出ている公設学童に代わり、都市部では、民間事業者による学童保育が次々オープンしている。夜間の預かりや手厚い学習支援が特徴で、割高な利用料にもかかわらず、一部で人気が過熱している。
     ●学習、送迎、夕食
     「What’s this? Who knows the answer?(これは何かな? 誰か分かる人は?)」
     リズミカルな英語が響く。東京都練馬区にある民間学童保育「キッズデュオ」。動物のカードを手にした先生の問いかけに、子どもたちが「I know!(はい!)」と元気よく挙手していた。
     隣の部屋には、一回り小さな子どもたちが座っていた。こちらは未就学児のクラスで、小学校入学を控え、慣らしのために来ている子もいた。
     キッズデュオは「英語で預かる学童保育」として、個別指導塾などを運営する「やる気スイッチグループ」が全国84カ所で展開する。教室では日本語は厳禁だ。バスによる送迎や、最長で午後8時半までの延長保育を特徴とする。
     小1の長女を預ける長嶋規博さん(40)は「社会に出てから英語を学ぶのに苦労したので、娘には身につく環境を与えたかった」と明かす。最初のころは慣れない環境にのり気でなかった長女も、今では日常会話で英語が出てくることもあるという。「Rの発音が素晴らしい。子どもの言語習得を疑似体験できるのも面白い」と話す。
     保育園よりも閉所時間が早く、夏休みは弁当が必要な公設学童は、親の負担が重く、「小1の壁」とも称される。民間学童は公設学童よりも開設時間が長めで、送迎や夕食などサービスも多様だ。
     民間学童の草分け的な「キッズベースキャンプ(KBC)」は東急グループが運営する。食育や科学実験、アウトドアなど数多くのプログラムがあり、子ども10人に対し1人以上のスタッフを置き公設学童より手厚い態勢だ。見学者も多く、開業希望者にビジネスセミナーも手がける。他に鉄道では、京王や小田急、阪急なども参入している。
     ●費用、公設の10倍も
     専門分野を生かした連携も進む。学習塾が母体の学童保育「明光キッズ」には、本業のノウハウを生かした学習支援のほか水泳や英会話、プログラミングのコースがある。提携先の専門教室から講師の派遣を受け、逆に流通系企業が手がける学童保育では学習系プログラムに協力している。費用は公設学童の10倍以上だが、キッズ事業部の荒谷智章さんは「充実したプログラムを提供すればスタッフや提携先への費用も発生する。プログラムの内容で選んでくれる保護者は多い」と胸を張る。
     小学低学年が学童で過ごすのは年間1600時間で、学校で過ごすより約400時間長い。「よりよい環境を」と願う親心から「保活」並みの激しい競争も生まれている。
     申し込み希望が低年齢化してきたため、KBCは未就学児登録制度を設けている。最近は妊娠中の問い合わせもあり、年少クラスは4月1日の申し込み開始と同時に埋まることもある。大手企業に勤める東京都の女性(35)も、長女(5)のため明光キッズの未就学児向け会員に登録した。通所前であっても、双方とも入会金2万円と年会費3000円がかかる。女性は「午後6時までの学童では仕事が続けられず、公設学童に入れる保証もない。選択肢を広げるためのお金だと思えば、惜しくはない」と話す。
     ●親の経済力に左右
     だが「選択肢」を持てるのは保護者に経済力がある子どもに限られる。受講するプログラムにもよるが、民間学童に週5日通うと月約5万〜10万円が相場だ。「いずれは2人目が欲しいけれど、この金額を2人分払うのはきつい」と女性はこぼす。民間学童の関係者ですら「内容には絶対の自信があるが、我が子には通わせられない。教育格差はこうやって広がっていくんだなと感じる」と明かす。
     一方、子ども同士の自由な遊びや関係性を尊重する公設学童には、放課後の生活の場を提供するという意味合いが強く、自由に遊べる時間の少ない民間学童とは違った利点がある。
     私立小学校を中心に放課後の学校を利用した「アフタースクール」を手がける「放課後NPOアフタースクール」の平岩国泰代表理事は、「放課後の選択肢はいろいろあっていい。学校の空き教室を利用すれば、より豊かな放課後をつくれる」と指摘する。
     一芸に秀でた人や元大工ら専門技術をもつ「市民先生」による多彩なプログラムが特徴で、建築や日本舞踊など400種類以上を用意する。10年以上の実績が評価され、2015年度から千代田区などの自治体から委託を受け、公立小学校の放課後事業にも力を入れ始めている。
     ●選択肢、全ての子へ
     ただ、導入できるのは予算に余裕のある自治体だけ。平岩さんは「学童保育は、行政にとっても保護者にとっても息の長い投資。国全体で子どもにかける予算を増やしてほしい。保護者にもう少し負担を求めてもいいのではないか」と提案する。「親の経済力に関係なく放課後の過ごし方を選択できることが大事。今後は自治体からの受託を増やし、新しいモデルを作り上げ、全国に広めていきたい」
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     この企画は大和田香織、中村かさねが担当しました。

    民間学童

     主に民間企業が自治体の助成を受けずに運営する施設。共働き夫婦の増加を背景に、都市部では学習塾やスポーツクラブなど異業種が低学年から利用者を囲い込む狙いで参入するケースも多い。最近では昨春のイオン参入が話題となった。学習支援や習い事がセットになっている場合も多く、利用料は公設の5000円前後に対し、月額5万〜10万円に上る。それでも「小1の壁」に悩む共働き保護者のニーズに応え、人気施設では数年先まで予約が入ることもある。矢野経済研究所の調査によると、2014年度の学童保育の市場規模は事業者売上高ベースで前年比6.3%増の2862億円。08年度から拡大傾向が続いている。
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