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「保育園落ちた日本死ね」と題したブログが話題を呼んだのは2年前。国や地方自治体は2020年度末までの待機児童ゼロを目標に、保育施設の整備を急ぐ。ただ「量」は大事だが、親の立場からすれば、安心して信頼できる保育園に預けたい。「質の高い保育」をどう実現するか。待機児童数が全国ワーストレベルの世田谷区を軸に、親や保活(保育園探し)中の女性、保育事業者が語り合った。
泉谷由梨子(34) 産休中の会社員。第1子を3月に出産予定
井上正明(58) 株式会社ポピンズ副社長。全国で認可・認証・事業所内保育所やベビーシッター派遣事業を展開
井上竜太(41) 「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」副代表。3人の子どもの保活を経験
後藤英一(48) 世田谷区保育課長
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――泉谷さんは既に保活を始めていますね
泉谷 出産予定日を知った瞬間に「保育園が大変だ」と思いました。認証保育園や無認可を含め、妊娠3カ月くらいから保育園見学を始めました。もう、不安しかないです。
井上竜 分かります。4月の募集に0歳で入れないと、事実上もう入れない。私も1人目の子のとき、認可保育園には第7希望まで全部落ちました。
井上正 待機児童は、保育事業者の立場からも切実な問題です。質の高い保育園を一つでも多くつくっていきたいけど、保育士不足などで検討段階からあきらめざるをえない。
後藤 そういう厳しい状況を踏まえて、施設整備を進めているんですけど、まだまだ足りない。整備すればするほど、子育て人口が流入してくる側面もある。
――国と自治体の意見の違いも表面化しました
後藤 国の規制改革推進会議からも、区独自の保育定員や面積基準=キーワード=の緩和を求められています。しかし、保育の質と子どもの安全が一番大事なので、この基準は守り続けます。
井上正 業務によっては保育士資格のない人が代替していい部分もあるはず。安全性を確保した上で見直しの議論ができると非常にありがたい。
泉谷 保育士は実際には掃除などたくさんの業務をこなしている。子どもと接する部分以外は、分担の仕方があると思う。
井上正 あとはICT(情報通信技術)の有効活用。たとえば特殊なモニターカメラなどで赤ちゃんの寝返り状況や心拍数、体温などをきちんと計測した方が、むしろ安全性は高まるかもしれない。
泉谷 連絡帳など、電子化すればいいと思うけど、余裕がなさすぎて導入さえ難しいとも聞きます。
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井上竜 「保育の質」=キーワード=といってもいろんな質がある。保育士や面積の基準は主に「構造の質」。命に関わる部分はいちばん大事だけど、議論がそこに終始している。生きるか死ぬかは最低限でしょう。
泉谷 本来、保活は、いい園なのか、教育方針はどうなのかを見たい。ただ、正直なところ、入れればどこでもいいとあきらめてしまっています。
井上正 自治体によっては、希望者に英語やリトミック(音楽教育法の一つ)の受講を認めている。紙おむつをメーカーから直接保育園に送ってもらい、保護者が家から持参しなくて済むなどのオプションもある。
井上竜 選択肢は多い方がいい。一方で、本来の子どもをみることが手薄になってほしくない。
――都が待機児童対策として、ベビーシッター代を最大9割補助する方針を打ち出しました
泉谷 かなり安心できました。保育園に落ちてもベビーシッターがあるから「もしかしたら予定通り1歳の4月に復帰できるかも」と、ちょっとやる気が出てきました。
井上正 保育士もそうですけど、ベビーシッターも人材が不足している。
――それはどうして?
井上正 まず、女性の保育人材は子育て世代が多い。保育士だったけど産休・育休でいったんベビーシッターになる人も増えているが、働ける時間が午前10時から午後5時までなど、コアタイムしかできない。でもベビーシッターは早朝や夜間に急に必要になったりするので、その時間帯の人材が圧倒的に不足する。
もう一つは配偶者控除。夫婦共働きだと10月ごろからだんだん働いてもらえなくなる。働いたら働いた分のメリットが返ってくる税制にして頂きたい。
――給与面以外では?
井上正 日本の働き方がおかしい。子育て中なのに夜遅くまで残業や土日出勤。それを支える保育園やベビーシッターはもっと重労働になる。
後藤 ただ、認可保育園に入れなかったからベビーシッターを利用している方って、世田谷区では意外と少ないんですよ。
井上正 補助金が出て認可保育園並みの負担で済むとなれば、利用者は増えるのでは。
泉谷 知らない人が家に来るのは嫌だという人も多い。
井上竜 知り合いや自分の親に「なぜ働くの。母親がみればいいじゃない」と言われる人もいますよね。
泉谷 2年前に帰国するまで3年間、夫の仕事の関係でシンガポールに住んでいました。子育てや介護中の世帯では、住み込みの家政婦さんがいるのが一般的です。ちょっと学んで日本に取り入れてもいい。
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――日本の保育文化が問われているんですね。
井上正 やっぱり保育園というのは人で、AI(人工知能)の時代になっても保育士はなくならない仕事の筆頭と言われています。一人一人の保育士をどう育て、環境を整備し、地域とどう交流するのか。きちんと高めていきたい。
泉谷 質で選べるようなレベルまで増やして、選ぶ余地を与えて。
井上竜 大事な子どもはちゃんとした所に預けたい。自治体だけでできることでもない。子育て中の親や保育事業者の声を反映して議論しながら、みんながある程度納得できる枠組みをつくってほしい。自分の子どもが親になる頃には、待機児童という問題がないようになってほしいと願っています。
(聞き手・吉野太一郎)
◆キーワード
<自治体の独自基準> 認可保育園の保育士の配置や保育スペースは国が基準を設けているが、世田谷区など多くの自治体が国を上回る独自の基準を設定している。たとえば保育士1人がみる子どもの基準は、1歳児の場合、国が6人に対し、世田谷区などは5人。待機児童の解消を求める国は、こうした自治体に国の基準に合わせるよう要請しているが、ほとんどの自治体が応じていない。
<保育の質> OECD(経済協力開発機構)などは、構造、過程、成果といった分類で、子どもとの触れあいや遊具など育児環境も含めた総合的な質の向上を訴える。日本での「保育の質」を巡る議論は、保育スペースの基準や保育士の配置基準など保育インフラに関わる「構造の質」に偏っていると研究者らが指摘している。
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