働くママが仕事に集中 保育付きシェアオフィスの効用

コワーキングスペースのイラスト
日経スタイルさま
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保育機能付きのシェアオフィスやコワーキングスペースを利用しながら、子育てと仕事を両立させる女性が出てきた。子どもの顔が見える距離感ながら、仕事にも集中できる、会社や自宅以外の共用空間。いわば子どもと一緒に通うことのできる新たな職場だ。まだ数は限られるが働く世帯の強い味方になりつつある。

■顔が見える適度な距離感が魅力

 「仕事をする場所の隣に子どもがいるのは安心。最初から普通の保育所に預けようとは考えませんでした」。似顔絵を描く手を休め、保育士に抱かれた娘に笑いかけながら話してくれたのはおおもりなつみさん(28)。京王多摩センター駅近くの複合ビル内に3月にできた保育付きの共用オフィス「コワーキングCoCoプレイス」(東京都多摩市)に子どもを連れて通う。

 アルバイトや事務職をしながら結婚式のウエルカムボードに新郎新婦を描いたり、イベントに出張して似顔絵を披露したりする仕事を続けてきた。最近はイラストに絞り、SNS(交流サイト)を機に引き受ける仕事も増えてきていた。とはいえ「出産後に子どもを世話しながら仕事を続けるのは無理かな」と考えてもいた。実際に自宅でイラスト描きに集中するのは難しい。娘を寝かしつけた後は自分も疲れて眠ってしまう。

 そんなときに地元の子育て支援拠点の職員から「こういう場所ができるよ」と教わった。夫婦で見学してみて「ここなら子育てしながら仕事もできそう」と感じた。イラストの仕事を休んで間が空けば受注が減ってしまうかもしれないと、利用し始めた。

 当初は慣れずに大変なこともあったが、徐々にペースがつかめてきた。「自宅で仕事と子育てとなると、引きこもりがちになって孤独感や疎外感を持ちやすい。子どもとここに通うのがいい気分転換になる」。子どもの世話はオフィスに常駐する保育士に頼んでいるが、思い立てばすぐ顔が見える適度な距離感。これが最大の魅力になっているようだ。「これからは雑誌や絵本など仕事の幅も広げていきたい」と表情は明るい

利用するのはフリーランスの人ばかりではない。情報通信技術(ICT)を活用したリモートワークが普及し、これまでなら職場に通うのが普通だった会社勤めの人がこうした場を使って育休復帰する例も出てきた。商店街の一角にあるマフィス横浜元町(横浜市)を利用する半沢瑠美さん(36)もそのひとりだ。


午後3時、休憩時間に保育スペースで子供におやつをあげる半沢さん(横浜市のマフィス横浜元町)
 ITベンチャーに勤めており、出産した同僚もまだいなかった。自らの出産・子育てが想像以上に大変なこともあって「復帰はもう少し先、子どもが小さいうちは一緒にいたいと思っていた」と語る。しかし職場は早期復帰を後押ししてくれ、マフィスの存在も同僚がインターネット検索で調べて教えてくれた。「こういう環境なら利用してもいいかも」と考え直した。

 もともと勤め先は福岡市に本社を置き、東京と結んだテレビ会議やリモートワークは当たり前。マフィスにいても周囲は違和感なく接してくれる。「仕事と子育ての切り替えにも慣れてきた。休憩時に子どもの顔を見に行くのが何よりの癒やし」と喜ぶ。

■「保活」の厳しさを補う

 東京在住で地方の活性化を支援する会社でマーケティングと広報を担当する土井早春さん(29)。岡山県の本社とのやりとりを含め、在宅の仕事や出張が多いが、子どもを預ける保育所を探す「保活」に苦戦し、「疲れました」とSNSに書き込む日々のなかでマフィスに出合った。

 電車で通いやすい横浜元町のマフィスを選んで半年あまり。「保活をやめて来年もここでと思うくらい」と笑う。子どもが体調を崩してもすぐ対応でき、保育士とも良好な関係が築きやすく、授乳したいといった要望にも柔軟に応じてくれる。「母乳で育てたいという思いもかなった」。夫が会社が休みの日に子どもと一緒にきて勉強するといった使い方もしているという。

 他の利用者との交流も評価ポイントだという。周囲はほとんど働く母親。職場で言えない弱音を吐いたり、「昨夜夜泣きがひどかった」といった子育ての悩みを共有したりできる。一方で違う世界で働く姿に刺激を受ける面も。マフィスは起業志望者向け講座なども企画し、スキルアップを求める声に応えている。土井さんにとっては「単なる保育施設というよりは新しいコミュニティー。元気がもらえる第三の居場所」だ。

 保育付きシェアオフィスの中には、国の支援を受ける「企業主導型保育事業」の枠組みを活用する例も増えている。マフィスや東京・丸の内に三菱地所グループが4月開いた「コトフィス」などがそれ。費用は施設の立地や利用法で変わるが、使用料と保育料(0歳児の場合)を合わせて月額8万円前後からといったところ。保育料だけなら認可保育所に比べて少し割高程度だ。

 保育に詳しい第一生命経済研究所の的場康子主席研究員は「保育の受け皿が不足するなか時代の流れに合った存在。親の目が常にあるので質も保ちやすい」と評価する。リモートワーク可能な職場という条件が前提だが、子どもの預け先探しに悩む働く世帯にとって新たな選択肢になる可能性を秘めている。

■子育てと仕事の両立に弾み ~取材を終えて~

 「時間や場所を問わない働き方を望む人は増える一方、企業や地域は対応し切れていない。シェアオフィスやコワーキングスペースはその差を埋めるために登場してきた」。都市戦略が専門でシェアオフィス事情に詳しい白鴎大学の小笠原伸教授は分析する。オフィス数も増え、個性を競うようになった。保育付き拠点もこういった工夫のひとつだろう。

 「子どもに目が届く範囲にいたいが、集中して働く時間もほしい」。リモートワークがさらに浸透すれば、従来は考えにくかったこうした子育てと仕事の両立スタイルを選べる人がもっと増えるはず。実際にこうした場所での経験を糧に独立起業したり、フリーランスの働き方を選んだりと新たなステージに進む人も出てきているようだ。

 取材ではリモートワークが可能な職場に勤める父親が主にこうした拠点に子どもを連れて通い、母親は夕方合流して帰るケースも耳にした。こういったオフィスは女性だけが利用する場所ではない。

 一方で保育の受け皿不足も改めて実感した。「保活で全滅し、最後の頼みがここ」という切実な声も。一般的にフリーランスでは保育所の入所選考も不利とされ、探すのを最初から諦めたという人も目立つ。仕事や育児スタイルはますます多様化する。時代の変化に合う柔軟な考えや新サービスの広がりを期待する。(河野俊)

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