わが子を"世界的起業家"に育てる教育環境

起業家のイラスト(男性)
ニコニコニュースさま
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なぜ日本からは世界的な起業家が生まれないのか。その一因は教育かもしれない。「Peatix」の共同創立者・竹村詠美氏は「グーグル、アマゾン、フェイスブックの創業者は、いずれも『モンテッソーリ教育』を受けている。そのポイントは『自立と想像力を育てる』というもので、テスト重視の日本とは大きく異なる」と指摘する――。
連載『センスメイキング』の読み解き方
いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。

第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口周)
第3回:最強の投資家は寝つきの悪さで相場を知る(勝見明)
第4回:日本企業が"リサーチ"より優先すべきこと(高岡浩三)
第5回:キットカット抹茶味がドンキで売れる理由(高岡浩三)
第6回:博報堂マンが見つけた"出世より大切な事"(川下和彦)
第7回:イキった会社員は動物園のサルに過ぎない(川下和彦)
第8回:マッキンゼーが"哲学者"を在籍させる理由(竹村詠美)
第9回:わが子を"世界的起業家"に育てる教育環境(竹村 詠美)

■想像力を育てられない日本の教育環境
ユニークなビジネスを生み出すには、「こうしたら面白いのでは」という遊び心が必要です。私はこれからの世の中を生き抜くうえでは、そうした可能性に思いを馳せ、何通りものアイデアを生み出せる人が強いと考えています。

そのために教育が大切なことは当然ですが、日本の教育環境は、必ずしも子供たちの想像力を育てるものではありません。たとえば日本の玩具は“1商品1機能”のものが多く、子供が想像力を働かせる余地が少ないと感じます。これはビジネス上の理由もあると思いますが、北欧に代表される世界の伝統的な玩具がシンプルながら何百とおりの遊び方を編み出せるのと大きく異なります。

学校の授業でも、算数でいくつもの解き方があるのに、基本的にはひとつの解き方しか教わりません。テストのときには教わった算式で解かないと、たとえ答えが合っていてもバツになってしまうこともあります。これでは、子供たちがのびのびと想像力を働かせることができないのではないでしょうか。

■ザッカーバーグも受けた「モンテッソーリ教育」
しかし、海外の教育のトレンドを見てみると、子供の想像力を育てようとする動きが感じられます。アメリカのシリコンバレーの家庭で「モンテッソーリ教育」に注目が集まっていることも、その表れではないでしょうか。

モンテッソーリ教育は、イタリアが発祥の地とされる教育法で、自立や責任感、他人への思いやりなどを持った人間を育てることを目的としており、想像力や感覚を養うための教材も使われています。

シリコンバレーの家庭というと、iPadなど最先端のテクノロジーを使った教育がなされていると思ってしまいますが、100年以上前に生まれたモンテッソーリ教育が注目されているのは興味深いことです。

モンテッソーリ教育を受けた人のなかには、Googleの創業者であるラリー・ページとセルゲイ・ブリン、Amazonのジェフ・ベゾス、Facebookのマーク・ザッカーバーグなどがいて、“モンテッソーリマフィア”と呼ばれるほど、世界に影響を与える人材が生まれています。

モンテッソーリ教育では、たとえば幼児が使うコップも、あえてガラスのものを使って、「落としたら割れる」という失敗経験も学びとして捉えていますが、スタートアップの成功の秘訣ともされているフェイルファースト(早めに失敗する)にも通じるのではないでしょうか。


■起業家が生まれる国にはディスカッション文化がある
日本の教育には、“対話力”を育てるという側面からも問題を感じています。欧米やイスラエルなど、起業家が生まれる国では小さな頃から学校や家庭でディスカッションをする文化があり、そうした経験を積んだ人はビジネスの交渉も上手ですが、日本人は遅れを取りがちです。

日本の学校では伝統的に「手を挙げて答えを言わせる」というスタイルですから、どうしても対話をする力がつきにくい。しかも、教室にいるのは基本的に同じ日本人ですから、対話をそれほど必要としないという背景もあるのでしょう。

この点、アメリカはまったく異なります。私は大学時代にアメリカに留学し、その後アメリカの大学院にも進んだのですが、学校にはユダヤ人やヒスパニックなど、多様なバックグラウンドをもつ人がいました。このときの経験は、論理では説明できない感性の違いを体得することにつながり、相手に合わせて柔軟に対話できる姿勢を持てるようになったと思います。

もちろん、日本の従来型の教育が完全に間違えているとは思いませんし、戦後の日本の成長にも大きく寄与したと思っていますが、これからのグローバル時代を生きる子供を育てるうえでは、教育の選択肢を増やすことが間違いなく必要です。

■先端的な教育事情を視察
そういった問題意識から私は、アメリカなどの先端的な教育事情を視察し、自分なりに海外の教育法について学びました。この活動を続けるうちに、周りの保護者たちも同じような気持ちを抱えていることが分かってきたため、そこで2016年に立ち上げたのが「FutureEdu Tokyo」という有志団体(現在は一般社団法人)です。

立ち上げたばかりの頃は、団体として活動を継続できるのか具体的な展望は見えていませんでしたが、「誰かがやらないといけない」という感覚に動かされ、これまで続けてきました。

『センスメイキング』を読むと、政治や社会、環境、テクノロジーなどが複雑に絡み合う世界を理解するうえで、人間的な要素が最も重要であるとの指摘がありました。教育を通じて人間そのものに触れる機会を提供することは、今後、ますます大きな意味を持つはずです。


■21世紀の子供たちに必要な教育とは
FutureEdu Tokyoは、イベントやワークショップから活動をはじめましたが、現在の中心的な活動は、『Most Likely to Succeed』という映画の上映会です。

この映画は、「人工知能やロボットが生活に浸透していく21世紀の子供たちにとって、どのような教育が必要なのか?」というテーマについて、有識者や学校への取材を積み重ねて制作されたドキュメンタリー作品で、世界35カ国、7500以上の学校や図書館などで上映されています。

私がこの映画と出会ったのは、サンフランシスコの教育現場の視察を行ったときでした。当時、日本の教育現場だけを見ていても未来の教育のイメージが見えないと感じていた私は、『Most Likely to Succeed』の放映後に行われた、先生と保護者、生徒による意見交換会を目の当たりにして、その熱量に打たれました。そこで、日本でもこうした対話の場を作りたいと思ったのです。

私は日本の保護者や先生と関わることも多いのですが、多くの人が、教育についてもがいており、何らかの解を求めています。『Most Likely to Succeed』による対話は、解を見つけるきっかけになるのかもしれません。

上映会は現在、東京を中心に日本全国に広がってきています。また、この映画の舞台となる学校と一緒に、日本の教員向けの研修プログラムも開発しており、これは経済産業省の「未来の教室」という実証事業のプロジェクトとして採択されました。

■スタディツアーでセンスメイキングを“買う”
私は、最先端の現場に足を運ぶことの価値を強く認識しています。最近はスタディツアーのように現場で体験や学びを得るツアーが世界的なトレンドになっていますが、これは自分の普段の生活では得られない体験への投資にほかなりません。

『センスメイキング』、複雑な世の中で生き抜くための審美眼を磨くことの重要性に触れられていますが、おそらくスタディツアーに参加する人たちは、ある意味でセンスメイキングを“買い”に行っているといえます。「『動物園』ではなく『サバンナ』」という記述もありましたが、やはりリアルに触れることこそが、今まさに求められているのではないでしょうか。

しかし、忙しい日本の教員の方は、海外の現場を直接見に行くのは難しいでしょう。そういった意味からも、『Most Likely to Succeed』を見て、擬似的にでも日本と違う教育現場を体験していただきたいと考えています。


■「自らの頭」で教育のあり方を考える
現状を変革するためには、未来へのイメージを持たなくてはなりません。世界の教育は日本と何が違うのか、そして未来に向けて私たちがどんな一歩を踏み出せばいいのか、そうしたことが見えてくるはずです。

日本では、新学習指導要領が取りまとめられ、今後、順次全面実施される予定となっています。新学習指導要領には未来に向けた日本の教育方針が書かれているわけですが、文書を策定したからといって理想的な教育ができるかというと、それは難しいでしょう。

たとえば、新学習指導要領には「主体的・対話的で深い学び」といった言葉が掲げられていますが、これがどういった学びを指すのかは、言葉だけを読んでいても解釈はバラバラになってしまいます。しかし映画というイメージを使い、当事者と対話を重ねることで、教育の向かうべき方向が見えてくるのではないでしょうか。

これからは、親も先生も、自らの頭で教育のあり方を考えることが大切です。伝統的なルールや現状の仕組みを鵜呑みにするのではなく、それぞれが当事者として自らのフィルターを増やしセンスを磨くこと。これこそが今の日本の教育に必要なことだと思います。

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