ネオ学童で放課後留学も 「小1の壁」崩せ(日経MJ)

英語のライティングのイラスト
日本経済新聞さま
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受験勉強、バイオリン、囲碁、「留学」も――。小学生を放課後に預かる学童保育にニューウエーブが押し寄せている。施設は駅近など便利な場所にあり、運営事業者は学習塾やフィットネスクラブなど異業種も珍しくない。料金は月数万円程度と高め。小学校入学後、預け先に悩む「小1の壁」に直面する、教育熱の高いパワーカップルの需要をつかんでいる。

■夜10時まで、送迎…共働きも安心

「これはどこでしょう?」「はい! 厳島神社!」。平日の午後6時、JR池袋駅近くのオフィスビルの4階では、日本の世界遺産の授業をしていた。このフロアの各部屋には50人ほどの小学生。ここは「伸芽'Sクラブ(しんが~ずくらぶ)」の池袋西口校(東京・豊島)。個別指導塾「TOMAS」のリソー教育傘下、伸芽会(東京・豊島)が運営している。

小学3年の岡沢琢馬くんを迎えにきた母親は「学校の宿題を教えるだけじゃなくて、楽しんで学べる教育プログラムが充実しているところがいい」と話す。

しんが~ずくらぶは、中学受験に向けて基礎学力をつける授業「Gタイム」がある。さらにバイオリンに囲碁、ダンスまで様々な習い事をオプションで提供している。「習い事も一緒にできるのが魅力的」と話すのは小学3年、伊藤明莉さんの母親(45)だ。明莉さんはピアノと英語、絵画をここで習っている。

最近、公立など従来の学童保育よりも子供を預かる時間が長く、教育や習い事プログラムが充実している「ネオ学童」が人気だ。児童福祉法上の「学童保育」には該当せず、行政からの運営費の補助もない場合が多いが、保護者にとっては使い勝手がいい。

ネオ学童に通う小学生は一般的に、午後1~3時頃に下校した後、徒歩やスクールバス・公共交通機関などで施設へ。まず学校の宿題を済ませて、おやつ。その後は習い事の時間だ。プログラムの合間は遊びながら親の迎えを待つ。希望者には夕食も提供。しんが~ずくらぶで週5日のうち3回、夕食サービスを利用する女性は「栄養バランスがよく、品目も多いのでありがたい」と話す。また、自宅まで児童を送る施設も多い。

「What is this?」「It's citric acid.」。神奈川県藤沢市内の商業施設内の教室では、小学生が外国人講師の指導で、科学実験をしていた。教室に飛び交うのは英語だけ。この施設「キッズデュオ」を展開するのは、個別指導塾「スクールIE」のやる気スイッチグループ(東京・中央)だ。

キッズデュオでは英語のネーティブ講師と日本人のバイリンガル講師が常駐。ここでは原則日本語禁止。まさに「放課後留学」だ。小学3年の長女を通わせる藤沢市の佐藤あさ子さんは「これからの時代、英語はもっと重要になるから得意になってほしい」と話す。

小学校では2020年度から英語が正式教科となる。将来は中学受験でも英語が科目の1つとして当たり前になる可能性がある。大学受験でも20年度に始まる「大学入学共通テスト」では英検などの民間試験を使い、「話す・書く」能力も問われるようになる。

子ども向けの英会話スクールの需要は高まっている。キッズデュオは現在、大都市圏を中心とした140施設あり、1万1千人の生徒が通う。21年までに230施設に増やす計画だ。

学習塾では、「栄光ゼミナール」を運営するZ会ホールディングス(静岡県三島市)も首都圏を中心に「アフタースクールワイズ」を14カ所で運営。20年度までに30施設に増やすほか、秀英予備校は4月から学童保育事業に参入した。

ネオ学童は料金面では高めだ。公立が月4千~8千円だが、しんが~ずくらぶは週5日利用の場合、月額6万円強。別途、設備維持費や習い事のオプション費用もかかる。キッズデュオも週2回で月3万5千円程度だ。

それでも人気なのは、「トータルで考えれば極端に値段は変わらない」(伊藤明莉さんの母親)からだ。習い事の費用、送迎の手間、保育時間などの融通の利きやすさ、さらに英語などの学習指導のレベルの高さもある。高所得の共働き世帯「パワーカップル」にとっては納得できる金額というわけだ。

また、「習い事をさせる曜日はうちに、その他の曜日は公立の施設に通わせるという親も多い」(しんが~ずくらぶ池袋西口校のスタッフ)。

「ネオ学童」サービスを運営するのは、学習塾だけではない。

「普段の生活では『ひねる』動きはなかなかないんだよ」

東急田園都市線・宮崎台駅(川崎市)近くのネオ学童施設では、講師が小学生たちにこんな声をかけながら、あらゆるスポーツの基礎となる運動能力を養うプログラムを指導していた。ここは、フィットネスクラブ大手、ティップネス(東京・港)の宮崎台店だ。

同社は13年から宮崎台店内でネオ学童のサービスを開始。現在は大泉学園店(東京・練馬)など4店舗で提供している。保育は専業のウィズダムアカデミー(東京・豊島)に委託。提供するのは、水泳やバレエ、フットサルといった運動系のプログラムだけではない。英会話教室と連携し英語の授業も提供したりしているほか、工作・美術やロボットなど知育系のプログラムも充実。施設はフィットネスジムの営業時間に合わせ午後10時までの延長保育を提供、共働き世帯のニーズに応えている。

■参入企業の裾野広がる

「ネオ学童」市場には異業種からの参入が相次いでいる。京浜急行電鉄は学習塾「明光義塾」を運営する明光ネットワークジャパンと組み、4月に学童保育施設を京急平和島駅の高架下に開校した。鉄道会社では既に東急グループや阪急電鉄なども参入済みだ。

ネオ学童への参入の思惑は様々。学習塾の場合、現状の主な利用者層は小学4年生からだ。一方学童保育は小学1~3年生が中心。教育プログラムを充実させた学童保育施設に子どもを通わせる親は各社にとって教育熱の高い将来の「優良顧客」といえる。早期から囲い込み、主力の学習塾への送客を狙っている。

ティップネスは2004年から子ども向けの水泳などといった運動スクールを開始した後発組だ。そんななか、一部店舗には空きスペースも目立っている。スクールに通う子どもをそこで保育できれば、これまで送迎ができず子どもをスクールに通わせられなかった共働き世帯にも客層を広げられる。施設の有効活用にもつながり、他のスクールとの差別化も図れるというわけだ。

鉄道会社は、駅ビルや高架下など利便性の高い、学童保育を設置する候補となり得る場所を保有する。遊休地の有効活用にもつながるほか、学童保育の受け皿を整備すれば、沿線価値の向上を狙える。

企業側の思惑とパワーカップルの教育熱が合致し、「ネオ学童」の人気は、今後も高まっていきそうだ。



「ネオ学童」が台頭する背景には、共働き世帯の増加があり、従来型の学童保育施設のニーズも高まっている。厚生労働省によると、2018年5月時点の学童保育の利用者は123万人強。5年前と比べると4割増、20年前とでは4倍弱だ。市場規模としては3千億円規模とみられる。

■足らない学童保育施設、増える待機児童

学童の施設は全国に2万5千カ所強あるが大半は公立だ。自治体などの運営施設が全体の3分の1を占め、社会福祉法人や企業など民間に運営委託する施設が約45%になる。残りを民間が設置・運営する。

施設が増えてはいるが待機児童数も年々増加中。18年5月時点では1万7279人にのぼる。小学校入学後に子どもの預け先がなくなり仕事に支障が出る「小1の壁」は子を持つ共働き夫婦の前に依然立ちはだかる。公立の学童保育施設では、忙しい共働き世帯のニーズをまかないきれない現実もある。

例えば閉園時間。公立の場合、大半が午後6時台だが、民間施設は午後8時ごろまで開いている場合が多い。ティップネス宮崎台店(川崎市)に小学2年の息子を通わせる自営業の石崎直樹さん(46)は「夜に急な仕事が入った時でも対応してもらえる安心感がある」と話す。

ネオ学童は今後、小1の壁を崩す存在になる可能性がありそうだ。

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