「待機児童ゼロ」は「問題ゼロ」ではない。江戸川区の保護者団体が訴えたいこと

手をあげて横断歩道を渡る小学生のイラスト
ハーバー・ビジネス・オンラインさま
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東京都江戸川区は、経済的に苦しい家庭に対して「子どもの食の支援事業」の実施や、一定の要件を満たした0歳児を育てる世帯に月額1万3000円の「乳児養育手当」を支給するなど、子育てしやすいと言われる。

保育園同様、受け皿不足が問題の学童保育においても、待機児童はゼロだ。しかし、預かり時間が短くフルタイム勤務と時間帯が合わない、大人数を保育するため指導員の目が隅々まで行き届かないなど、保護者からは利便性向上を訴える声が絶えず、問題を抱える。

同区の保護者団体「子育てから江戸川区のみらいを考えるネットワーク」(以下、えどみらこ)は今年3月、学童保育の改善を求めてネット署名活動を開始。区民の声を集め、区長へ提出を予定している。筆者は、えどみらこメンバーの島さん(仮名・40代)に江戸川区学童の問題点と目指す子育て環境について話を聞いた。

閉所が午後6時ではお迎えに間に合わない


江戸川区では2003年から、小学生の放課後の居場所を提供する「すくすくスクール」事業を運営している。区内にある小学校の施設を放課後や学校休業日に解放し、自由に遊ぶ場を提供するもので、希望すれば誰でも利用できる。

「すくすくスクール」には学童クラブ登録もでき、共働き世帯やひとり親世帯の子どもたちが安心して過ごせる場を設けている。このやり方は「江戸川方式」と呼ばれ、注目を浴びた。

一見すると、江戸川区の子育て支援は充実しているように映る。しかし島さんは、「保育園に比べて預かり時間が短く、共働き世帯には厳しい面があります。今回の署名活動では、預かり時間の延長を中心に要望しています」と話す。

「現状では平日は午後6時までしか預かってもらえませんが、通勤時間を考えるとこの時間に帰宅できません。小さい子どもがひとりで鍵を開けて親の帰りを待つことになり、防犯面で心配です。午後7時までの延長を希望しています」

保育園通園時は延長保育で午後7時くらいまで保育してもらえた子どもが、小学校1年生になり学童を利用すると午後6時までしか預かってもらえなくなる。保護者はそれまでと同じ働き方ができず、仕事と育児の両立に支障をきたす。「小1の壁」に直面する。

小学校1年生に「ひとりで鍵をかけて登校してね」


さらに、開所時間の遅さも親を悩ませる。

「春休みなど、学校が長期休業時に保育してもらいたくても、開所が午前9時からなんです。この時間では仕事に遅刻をするか、子どもがひとりで戸締りをして学童に行ってもらうしかありません。開所が午前8時になれば、仕事との両立がしやすくなります」

島さんは子どもが小学校1年生のとき、ひとりで鍵をかけて登校するように伝えたが、大泣きしてしまった。

島さんたちは江戸川区に対し、預かり時間の延長を申し出てきたが、「子どもたちの心身の健全育成を考えたときに、これ以上長い時間を学校で過ごすことについては望ましくない」といった理由から、聞き届けられなかった。発言の背景には、「『子どもは家で母親が見るのが一番』との決めつけがあると感じます」と、不快感を示す。

おやつは1週間分を保護者が持参


学童保育の環境にも課題が残る。学童保育の正式名称は、「放課後児童健全育成事業」と言い、共働きやひとり親世帯の子どもが放課後に安全に過ごせる場を提供することを目的としている。

児童福祉法は、ひとつの施設あたりの定員を40人ほどと定めている。しかし、江戸川区の「すくすくスクール」は、2015年3月から児童福祉法から外れ、区独自の事業に転換。これにより定員の制限がなくなり、学童保育希望者は誰でも入れるようになった。江戸川区の学童保育待機児童がゼロの理由だ。

全入化は待機児童解消につながるが、すくすくスクールに遊びに来る子どもたちと、学童保育を利用する子どもたちが一緒に過ごすため、人数が増える。多い場合は2クラスに150人の子どもが入り、机と椅子がなく床で勉強する児童がいるケースもある。

「利用する児童数に対して指導員の数が足りず、子どもたちの様子に目が行き届かないことがあります。ある子は、学童帰りに熱中症になり倒れてしまいました。

指導員を増やして欲しいと区に訴えたことがありましたが、人員確保の困難を理由に却下されました。現状では、ほぼすべての職員が非常勤かボランティアです。学童にももっと予算をとり、子育て支援を充実させて欲しいです」

また、補食(おやつ)の提供はなく、希望者は一週間分のおやつを曜日ごとにパッキングして、保護者が学校に持参する決まりだ。学童登録をしない子どもたちが帰る午後5時を過ぎないと食べられないため、おやつを欲しがらない子どもも多い。区は過去にはおやつを出していたが、財源削減を理由に廃止している。島さんは、「おやつ提供の再開についても要望したい」としている。

「待機児童ゼロ」は「問題ゼロ」ではない


えどみらこは、待機児童問題や江戸川区の学童問題に関心を持つ保護者が集まって2018年に結成。6人のメンバーがおり、江戸川区議会議員への面会や、同区学童関連のファクト調査などを行ってきた。

署名活動はネットサイトchange.orgだけでなく、紙でも行い2000人の署名を目標としている。「ネットサイトはSNSでの拡散がしやすく、広い層まで届けられる」とAさんは効果を期待する。

今回の署名活動で社会に知って欲しいこととしてAさんは、「学童の待機児童ゼロ=問題ゼロではないこと」を強調する。

「学童の預かり時間が短いために仕事との両立ができず、退職を余儀なくされた人もいます。大人数での保育、おやつが食べられない環境から、子どもが『すくすくに行きたくない』と訴えるケースもあります。その場合は、お金をかけて民営の学童に通わせる保護者もいます(※)」

(※)学童保育には運営主体が自治体の「公立」と、民間の「民営」がある。民営は公立に比べ預かり時間に融通がきくなどのメリットがあるが、利用料は高くなる。利用料は、江戸川区の「すくすくスクール学童クラブ登録」は月に4000円だが、民営だと数万円に及ぶ。

島さんは、江戸川区での理想の子育て環境を次のように話した。

「私は生粋の江戸川区民ではありませんが、第一子誕生後からずっと住んでいて愛着を持っています。だからこそ、衰退していく姿を見たくありません。でも今のまま何も変わらないと、私たちの子どもが大人になった時にも、同じ問題が横たわったままです。

改善が必要なことをはっきりと主張して区に話を聞いてもらい、江戸川区をより住みやすいまちにしたいです」

えどみらこは、4月21日投開票の江戸川区議会議員選挙の候補者に、子育て政策を質問する「#子育て政策聞いてみた」を実施。議員に学童がおかれる現状を伝え、引き続き改善を訴えていく。

<取材・文/薗部雄一>
1歳の男の子を持つパパライター。妻の産後うつをきっかけに働き方を見直し、子育てや働き方をテーマにした記事を多数書いている。

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