「男性育休の義務化」が企業にとって“メリット”しかない理由


PHPオンライン衆知


------------------------------------------------------------------------------------------------
話題を呼んでいる男性育休の義務化。そもそも、義務化の是非以前に、企業や取得した社員には男性育休によってどのような変化がもたらされるのだろうか。

本稿では、『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』(PHP新書、小室淑恵・天野妙の共著)から、内容を抜粋してお届けする。

メルカリは男性育休の取得率が9割
男性育休が企業にもたらす大きなメリットの1つは、若手の優秀な人材の確保です。

コロナ禍等による一時的な市況の落ち込み・採用抑制があったとしても、長期的には日本市場における若手の人材不足傾向は今後も続くことは確実です。中でも、採用に苦戦しがちなのが、ベンチャー企業や中小企業ではないでしょうか。

昨今のベンチャー企業の代表格の1つ、メルカリの事例を紹介しましょう。

同社は昨今のエンジニア不足の中、優秀なエンジニア人材を採用し続けています。その背景の1つに、同社ならではの福利厚生があるようです。同社では、住宅手当など全員に平等に行き渡る福利厚生ではなく、育休中の給与の100%保障や高額不妊治療費補助、認可外保育園にかかる差額保育料保障など、子育て世代の社員への福利厚生を充実させています。

メルカリ会長の小泉文明氏は、筆者天野に次のように語ってくれました。「子育てや介護で不安がある人に『仕事でチャレンジして』と言ってもできないでしょう。だからこそ、誰もがチャレンジできるような福利厚生にしています。福利厚生で重要なのは、全社員に同じようにメリットを与えることではありません。機会の公平性を保つことが重要です」。

子育て中でも引け目を感じなくて良い社内文化が浸透しているためか、女性社員の多くは出産から5カ月ほどで復職し、男性社員の約9割が育休を取得しているそうです。

また、メルカリの男性社員が育休を取得しやすい理由として、会長の小泉氏自ら二度育休を取得していることが挙げられます。それにより、男性が育休を取りづらい空気を払拭しているのです。

「会社の上司が育休を取ったときの部下に与える影響は、同僚同士の影響よりも2.5倍も強い」と経済学者の山口慎太郎氏(東京大学教授)も語っていますが、まさに、トップが取得することの効果が感じられる実例です。

このように、社長自らが育休を取得して、柔軟に働ける会社であることを、トップダウンでアピールしているのは、メルカリだけではありません。グループウェアを提供するサイボウズの青野慶久社長や、クラウド会計ソフトを展開するfreeeの佐々木大輔社長といった著名経営者も同様です。

「採用に困ることはない」と言い切る、新潟の中小企業
企業にとって男性の育休取得が「人材採用」につながるのは、特に中小企業において顕著です。新潟県に、男性社員の育休取得率100%、残業ゼロで採用がうまくいった中小企業があります。建築金具の製造業で社員数150人規模のサカタ製作所です。

同社では、『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』(PHP新書)の共著者である小室淑恵の講演を機に、働き方改革を実施。残業ゼロを実現し、これまで払っていた残業代・年間3400万円を社員に分配するなど、社員満足度向上に努めました。

その過程で、男性社員が育休を取りたいと希望していることが明らかになったと言います。そして、取得が進まなかった理由を探ったところ、多くの企業と同じように、社内に「取りづらい空気」があったことが判明したようです。

そこで同社では、男性社員の妻が妊娠したことが分かったタイミングで、上司とその上長の3名で面談の場を設けることにしたのです。

「どの時期に育休を取るのが良いか」と事前に決め、仕事量の調整をはかったり、表計算ソフトで育休取得中の給付金の手取り額を計算して渡したりと、「取りづらい空気」だけではなく、収入の不安も取り除くことで、社員の背中を押すようにしました。

その結果、同社は2018年の「イクメン企業アワードグランプリ」にも選ばれ、知名度も上がり、今では採用に困ることはなくなったそうです。

では、実際に育休を取得した男性社員は、どのような変化を実感しているのでしょうか。筆者が行なった当事者へのインタビューをもとに考察します。

まず、育休を経験した多くの男性が語るのが「働き方が変わった」ということです。

製薬会社の研究員である小寺さん(38歳)もそう語った一人です。「社内で同じ立場であり、同じ給料の妻を、出産のために1年も休ませるのは申し訳ない。とはいえ自分が1年も仕事を休むなんて耐えられない……」と思った事がきっかけで、妊娠判明時に小寺さんから「僕が半分育休を取る」という申し出をし、夫婦で半年ずつ交代して育休を取りました。

社内の研究所内の男性が育児休業を取得するのは初めてのことでしたが、上司や周囲の理解もあり、取得することができました。もともと、仕事に対するモチベーションが高かった小寺さんですが、育休取得後、最も変化を感じたのは自分自身の「時間」に対する感覚だったそうです。

以前は残業に対する意識もルーズで、今思えばダラダラと場当たり的に残業していたと言います。筆者が小寺さんの上司に話を聞くと、上司からも「復職後、小寺夫妻の時間感覚がより研ぎ澄まされた感じがします」という答えが返ってきました。

また、大手通信会社の小野さん(39歳)も働き方が変わった一人です。妻の海外留学に帯同するため、育休を取得。キャリア志向だった小野さんは海外で約2年間の子育てを経験し、生活は子ども中心に変化。復職後には、終業後の18時以降は子どもとの時間を尊重したいと思うようになったと言います。

その結果、より柔軟な働き方を求めて外資系企業への転職を検討。面接の際「子どもが起きている間は家族と過ごしたい。18時以降にはオフィスを出たいが、良いか」と尋ねたところ、企業側から「結果を出すことが前提だが、成果が出やすいように仕事をしてもらってOK」との返事をもらい、転職を決めたそうです。

大手ハードウェアの会社でカスタマーサポートをする永谷さん(38歳)は元々長時間労働も惜しまず、常に職場にいる社員でした。しかし、子どもが生まれた際に妻が子育てに不安を抱いたことから1カ月半の育休を取得。

そのことをきっかけに仕事中心の生活から家庭中心の生活に変わり、復職後は早く帰って家族と過ごす時間のために、いかに仕事を効率化するか、同僚と円滑に情報共有するかを意識して働くようになったと言います。「以前の自分と比較してみると、別人のようだと思う」と語ってくれました。

いずれも、育休取得によって、上司や人事からの指示がなくとも自主的に時間当たりの生産性を意識するようになり、短い時間で効率よく働く生産性の高い働き方へシフトしたことが読み取れます。

このように、男性育休は企業・社員双方にメリットをもたらします。本記事が、男性育休について考えるきっかけになれば幸いです。


------------------------------------------------------------------------------------------------

コメント