子どもが忘れ物をしたら学校に届ける?「親がやってあげる」影響


現代ビジネス


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宿題や忘れ物で子どもの通知表の「態度」の評価が下がる。そうなると困るから、宿題や忘れ物を親が完璧にやらせる。ケンカをしたら怪我をするから、ケンカしそうになったら大人が間に入る。このように先回りして「やってあげる」ことは、失敗をすることへのストレス軽減にはなるかもしれない。しかし子どもの成長に影響はないのだろうか。
ジャーナリストの島沢優子さんが、ある親子の話をふまえ、スクールカウンセラーなど臨床心理の専門家たちの話をまじえて考察する。

「ママが書いたのを、写しなさい」
父は子どもの準備は本人に任せているのだろうが、しかし母は学校から文句の電話を受けるとどうにかしなければと思ってしまう…(写真はイメージです。写真の人物は本文と関係ありません) Photo by iStock

 つい最近の話。
子育てとは全く関係のない取材だったのに、30代の男性が小学1年生になる息子の話を始めた。
「島沢さん、子育て関連、詳しいんですよね? うちの妻の話、聞いてもらえませんか?」
ほう、なに? なに? 少年サッカーのサイトで親向けの悩み相談を連載しているため、リモート取材のパソコン画面の私はつい前のめりになる。

 その日の朝、登校前の息子が宿題をし忘れていたことが発覚。すると男性の妻は算数の宿題を解き始め、「ママが書いたのを、写しなさい」と息子に命じたのだ。

 「どう思います? 親が宿題やるなんておかしいでしょ? だから僕、そう言ったんです。それはおかしいよ、忘れましたって正直に言えばいいだろ。たかが宿題じゃないか、って。そうしたら逆切れされちゃって……」
妻は「たかが宿題ですって!? 宿題を忘れて評価が下がるのはこの子なのよ」と怒り始めた。そして、日ごろから家事育児を妻任せにしていること、息子が宿題だけでなく忘れ物が多く担任にマークされていること、そのことを担任から言われるのは結局自分であることをまくしたてた。

 「パパは口出ししないで!」
母親の剣幕に怯える息子はただただノートに計算式を写し、保育園児の妹は親たちのただならぬ気配を感じてか泣き出してしまった。そんなわけで、共働き夫婦にとって可能な限りスムーズに事を進めたい朝が大変なことになってしまったというのだ。

 「妻は生真面目と言うか、他人の目を気にするところがあるんです。でも、宿題って自分のためにやるもんでしょ? 親がつじつま合わせてもヤツ(息子)の力になりませんよね? そうやって親が世話を焼き続ければ、もう自分で何も考えられなくなりますよね。後始末はママがやってくれる、みたいなダメなヤツになっちゃいませんかね?」

 そうね。なっちゃうかもね。でも、あなたがそのことに気付いているのは息子さんにとって幸運だよね。ママにやってもらうのは自分のためにならないよねって言い続ける。奥さんにも、そこを訴えるしかないね。

忘れ物を「させないで」ください
忘れ物を「させない」だと、毎日親がチェックをしてあれを持ったかこれはやったかと確認することが必要に思えてしまう。たしかに1年生はまだすべてを一人でするのは難しいかもしれないが、親を主語にしてしまうことには違和感を抱く Photo by iStock

 聞けば、男性はよく忘れ物をする子どもだったそうだ。対する奥様はきっちりしたお子さんだったという。奥様からすれば「なんで忘れるの?」と訳が分からない。自分とは異質な子どもを育てる苦労はあるだろう。

 うちの愚息もよく忘れ物をしたが、母親の私自身も小学生時代はよく忘れ物をした。低学年時はランドセルを忘れたことがある。通学路で友達から「ランドセル、どうしたん?」と言われて、あれ? あれ? とクルクル回った。
「どうしたんやろ?」と首を傾げたところに、祖母が爆走してきた。祖母は息を切らせながら「あんた、学校に何しに行くん?」と言ってゲラゲラ笑っていた。

 そうやって届けてもらったのに、私は子どもの忘れ物を届けたことはない。机の上に置きっぱなしの宿題プリント。玄関に置かれたぞうきん。給食袋にリコーダー。忘れて恥をかいたり、困ったりして気をつけるものだと考えていた。自分もそうやって忘れなくなったからだ。愚息が、自分とある意味「同質な子ども」であったので助かったと感じている。

 ところで、学校の先生はさまざまな子どもと向き合わなくてはいけない。
冒頭の男性曰く、息子さんの小学校の先生は「忘れ物をしたら、保護者に持ってこさせる」という。楽器や何か特別な授業で必要なものだと電話がかかってくることがあるし、保護者会などで「忘れ物をさせないでください。親御さんも注意してください」と言うそうだ。

 忘れ物をさせないで? 忘れ物をしないよう確認を促してください、くらいはわかる。が、これでは「忘れ物をしない」の主語が、子どもではなく完全に親である。私はにわかに信じがたい。忘れ物をする子に働きかけつつ、長い目で見るのが教育ではないのか。
忘れ物ケアを親にさせてしまうのは、さまざまな子どもと向き合っているとは言えない気がする。

ストレスを親が排除してきた子どもたち
子どもが決断するのではなく、すべて先回りして親がストレス回避をしていたら、子どもは自分で考えることもなく、ストレスを抱える人のことも理解できなくなる可能性がある Photo by iStock

 「これでは親の過干渉を奨励しているではないか!」と、話をしてくれた男性以上に憤慨してしまった。

 そこで思い出したのが、以前取材したスクールカウンセラーの方の話だ。
小学生や中学生のいじめ問題。いじめる側の子どもに「共感性の欠如」が多くみられるそうだ。相手の気持ちに興味関心がなく、友人たちとのかかわり方に幼いところが多く見受けられた。例えば、人が困った様子を見て興奮してしまったりする。ほとんどの子どもは「いじめはダメだよ」と諭されるとやめるが、「面白いんだけどな」とすぐにはやめられない子も少なくなかった。

 その共感性の欠如は、親の過干渉もひとつの原因だと言われている。
忘れ物、宿題、学校にもっていくものを揃える時間割。「あの子とは遊ばないで」といった友人の選別から、塾や習い事まで。生活全般にわたって過度に介入され続ける子どもは「こころの成長に必須なストレス」を経験しないまま大きくなる。
つまり、親が、子どものこころの発達に必要なもの排除している、という状況になる。

 例えば、「あの子にこう言われた」などと、些細な友達トラブルに対して親が干渉したり、担任の対応が悪いなどと学校のせいにし始めるとよけいにこじれる。友達関係などは、こころの発達に必要な、ある意味「正常範囲のストレス」と言える。

「絶対にケンカさせないでください」
怪我をさせないように見守ることは大切だが、怪我をする可能性があることをすべて排除していたら、子どもはなにも学べない(写真の人物は本文と関係ありません) Photo by iStock

 また、「ほめる子育て」が注目されて久しいが、極端にほめるばかりで育てていた家庭の子どもが、幼稚園で先生に叱られて腹痛などの症状が出て通園できなくなったケースも聞いた。このときに尋ねた臨床心理の専門家も「子どもの成長にはある程度のストレスが必要」と話していた。

 ある保育園の園長は、「入園時にうちの子にはケガをさせないでください」「絶対ケンカさせないでください」と要望する親が増えているとげんなりしていた。
「ケンカしないとわからないこともいっぱいあるんですよ」と話すと「ケガをしてからでは遅いですから」と聞く耳を持たない。親たちからのプレッシャーで、保育士もすぐに子ども同士のケンカを止めてしまうそうだ。

 「ご~めんね」
「いいよ」

 保育士に促されて謝りあいをする園児の姿を見るたび「情けなくなるのよ。こんな育ち方じゃダメじゃんって」

 園長が言うように、ケンカはこころの栄養になる。正常範囲のストレスなのだ。
相手の気持ちを推し量ったり、手加減の仕方も覚える。仲直りをするときの、気恥ずかしい、ドキドキする瞬間を乗り越えて「ごめんね」と言えたときの充実感。勇気。さまざまな学びが詰まっているのに。

 「自分たちの価値観を子どもに押し付ける親御さんが増えた気がするの。昔の親は、昔って言ったって20年やそこらだけど、命があって大ケガしなければいいですよって言ってくれたんだけどねえ」と園長は嘆く。

 そういえば、教科書を忘れた愚息の隣の女子に、担任の先生が「一緒に見せてあげて」と言ったら、その子に拒否されたことがある。先生はその子に「なんで嫌なの?」と聞いたら、「悪いのは〇〇(息子の名前)君だから」と答えた。
先生はその場では自分の教科書を息子に貸した。
あとでその女の子に「失敗したお友達を助けてあげられる人になってほしい」という旨の話をしたそうだ。


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