保育士「全員パート化」容認が招く現場の疲弊


東洋経済オンライン


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2020年の暮れも押し迫った12月21日、政府が「新子育て安心プラン」を発表しました。それによると、2021(令和3)年度からの4年間で全国の保育所の定員を約14万人ふやすとしています。

 依然として待機児童対策は重要であり、定員増自体は評価できるものの、「短時間勤務の保育士の活躍促進」が保育士不足の解消策として挙げられている点には、大きな問題があります。

■誰が責任をもってクラスを見るのか

 「短時間勤務の保育士」は、国の説明には「1日6時間未満又は月20日未満勤務」の保育士とだけ書かれていますが、業界ではパートタイマーととらえられています。

 政府が同日発表した参考資料をよく読むと、国が定める保育士の必要最低人数の基準を、全員パートタイマーでまかなってもよいという規制緩和であることがわかります。

 小学校の担任の先生がパートタイマーだったら、どうでしょうか。保護者はパートタイマーでクラス全体のことに責任をもって対応してもらえるのかどうか不安に思うはずです。

 保育園でも同じです。クラス担任は、クラスの保育の計画を立てる人です。特に保育園は、発達差が大きい乳幼児が集団生活をする場なので、月齢の低い子どもから高い子どもまで一人一人に目を配り、それぞれが楽しく主体的に活動できるように保育のやり方を考えなくてはなりません。その内容は生活面の援助から、心身の発達を促す教育まで、多岐にわたります。

 保護者との関係でも、クラス担任が責任者になります。ケガや発熱などがあったときは急遽子どもを医療機関に連れていくこともあります。子ども同士のトラブルもあります。そんなことも含め、保護者と連絡をとりあったり相談したりして、家庭と連携をとっています。

 子どもに関する記録をとり、年に何度かは保護者と懇談し、子どもの生活や発達について伝え、助言をします。クラス担任にはそんな幅広い仕事を、責任をもって行うことが求められています。

また、3歳未満児については、子どもと保育士とのアタッチメント(愛着関係)が必須なので、保育士が細切れで交替するような体制は、絶対に避けなければなりません。

 パート保育士にも十分な専門性や経験をもつ人材はいます。そんな保育士が細切れの交替にならないようにうまくチームワークを組めば、求められる業務をこなすことは可能かもしれません。しかし、時給労働の安い賃金のまま、正規雇用と同じ仕事をさせられることをパート保育士は受け入れるでしょうか。

■正規雇用の保育士が離職するわけ

 すでに認可保育園ではパート保育士がたくさん働いています。週に3~4日、1日5~6時間程度という働き方が多いようです。パート保育士がいなければ、保育が回らないという保育園は多いと思います。

 保育の質に配慮している保育園では、クラス担任、つまり配置基準で決められている人数の保育士は正規雇用の常勤を配置し、朝夕や給食時間をサポートする補助役としてパート保育士を配置している場合が多いと思います。ところが、保育士不足の中で、特に正規保育士の採用が厳しくなっている現状があります。

 正規雇用保育士の離職の背景には、仕事の負担の重さがあります。前述のように、クラスの運営に責任をもち、かつ一人一人に目を配るのはたいへんな仕事です。

 2019年5月に発表された「東京都保育士実態調査」では、現在就業中の保育士で「今後も保育士として働き続けたい」と考えている人の割合が、正規雇用の保育士(73.6%)よりも有期契約フルタイム(82.5%)、有期契約パート(85.0%)のほうが高くなりました。さまざまな面の満足度を調べると、「保育士としての仕事全体のやりがい」は雇用形態による違いはないのに、「勤務日」「勤務時間」に関する満足度は、有期契約パートタイム、有期契約フルタイムの順に高く、正規雇用は最も低いという結果になりました。

 また、「過去に保育士として就業経験のある者」を対象に、保育士として再就業する場合の希望条件をたずねた設問では、「正社員採用」(37.5%)よりも「パート・非常勤採用」(56.0%)を選ぶ人の方が多いという結果になりました。ただし、配偶者無し・子ども無しの独身者にしぼった集計では、正社員採用希望が60.3%、パート・非常勤採用希望が30.3%でした。

 また、現在就業中の保育士に、職場に改善してほしいことを聞いた結果では、トップが「給与・賞与の改善」(65.7%)、2位が「職員数の増員」(50.1%)でした。

 *この調査は、調査時までの5年間に保育士として登録(氏名変更などの書き換えも含む)された保育士を対象に実施されたもの。

■「全員パート化」容認で問題は解決するのか

 このような調査結果からは、勤務時間が長く、責任が重い仕事をしている正規雇用の保育士ほど、現状に不満をかかえていることがわかります。その不満は、単に仕事の大変さに対してだけではなく、頑張っているのに待遇面で報われていないことにもあるようです。また、ローテーション勤務や残業が多い正規雇用では、子育てとの両立が難しいと感じていることは明らかです。

 では、国の基準を「全員パート保育士でもよい」とすることで、問題を解決できるのでしょうか。
ここでその国の基準(配置基準)について正確に説明しておきたいと思います。

 国の基準では、子ども対保育士の数を

0歳児 :3対1
1・2歳児:6対1
3歳児 :20対1
4・5歳児:30対1
 としています。

 1歳児と3・4・5歳児の配置は特に不十分であると言われており(他の先進国では、3歳以上児でも1人の保育者が受け持つ子どもの数は多くて十数人程度)、国でも改善を検討していた時期がありました。

 かつては、この人数の全員が常勤でなければならないという配置基準でしたが、1998年の規制緩和で配置基準の人数の2割がパート保育士でもよいことになり、2002年には現行のようにクラスに1名の常勤保育士を配置すればよいことになりました。パート保育士が大幅に導入された職場では、正規雇用保育士に負担が集中してしまう現象も起こっています。

 その正規雇用保育士がいなくなれば、パート保育士が正規保育士の代わりを務めなければならなくなりますが、そもそもパートタイマーは勤務量を調整したいためにパートタイムという働き方を選択している人が多いと思われるため、「話が違う」となるのではないでしょうか。

 基準上、全面パート化が容認されても、子どもの利益を考える事業者は保育の質を守るためにクラスに正規雇用の担任を配置しようとすると思います。しかし、利益を最大化したいと考える事業者は、全面パート化による人件費削減をねらうでしょう。

 「短時間勤務の保育士の活躍促進」のプランには、常勤保育士が十分に確保できず、市区町村がやむをえないと認める場合にパート化してもよいことにすると書いてありますが、実際には厳密な運用は難しいと思います。結局、保育士のパート化推進になってしまって、保育士全体の賃金水準がさらに下がることにもなりかねません。

 このままでは、保育士の職業としての魅力が低下し、適格な人材を集めることが困難になり、保育の質が低下するという、負のスパイラルは避けられないでしょう。

■規制緩和の前にすべきこと

 「短時間勤務の保育士の活躍促進」という前に、配置基準の改善や、業務の見直しなどによって正規雇用保育士の負担を軽減するべきではないでしょうか。加えて、育児休業と時短勤務制度(正規雇用のまま6時間の短縮勤務ができる制度、短時間勤務制度ともいう)を利用しやすくする両立支援も必要です。

 また、仮にパートタイマーがクラス担任となるとしても同一労働・同一賃金(業務内容や責任の範囲が同じ場合に待遇を差別しないこと)を要件にすべきです。2020年4月よりパートタイム・有期雇用労働法が施行され、正規雇用と非正規雇用の不合理な差別は禁止されることになりました。2021年4月からは中小事業所にも適用されます。

 保育士が、責任に見合った処遇を受け、ゆとりをもって働くことができ、子どもを産んでも育児休業と時短勤務で仕事を続けられるようにすることは、保育の質の確保・向上にとって、どうしても必要なことです。

 今回発表された「規制緩和」は結果的に保育の質の低下につながる可能性があり、本末転倒と言わざるを得ません。

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