ごはんに求めるものって何ですか? 今、考えたい「共食」の価値 「おいしい」は他者との関わりから


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家族の形や、子育ての仕方が変化する中、子どもの食事風景も変わりつつあります。生活時間が多様化したことで注目されているのが人と一緒に食事をする「共食」の効果です。子どものコミュニケーション力の発達をうながす効果があると言われています。コロナによって暮らしが揺さぶられる中、人間にとって大事な食事はどのような役割を持つのか。「共食」の価値について考えます。(withnews編集部記者・橋本佳奈)

個々のお膳だった日本食
withnewsでは2021年2月、「Yahoo!ニュース」を通じて、2千人のYahoo!ユーザーを対象に、食事についてアンケートを実施しました。回答者は20代が6%、30代が19%、40代が36%、50代以上が36%となりました。

「食事に求めるもの」について、「美味しいものを食べる楽しみ」が半数近い43.9%、次いで「栄養を採るため」が39.9%となりました。「誰かとのコミュニケーション」のためと答えたのは12.8%にとどまりました。

また、食事を頃前と後で家族とともに囲む回数が変わったかという質問に、「変わらない」が71.5%、「増えた」が23.1%、「減った」が5.5%でした。

歴史を振り返ると、人と一緒に食事を食べる「共食」が注目されだしたのは、実は近年のことでした。

滋賀県立大学人間文化学部の教授・上野有理さんによると、そもそも、日本は、個々にお膳で食事が出てそれぞれ食べる文化が根付いていました。また、農業や商業など生活環境によっても、食事を囲む環境はそれぞれでした。農作業の合間に皆で食事を囲み、自然に「共食」になっている場合もあれば、店番の合間に、それぞれ1人ずつ食事を済ませる場合もあり、食事の風景は、その人の置かれた環境によって異なるものだったと言えます。

そんな中で、一つのテーブルを囲んで家族で楽しく食事をとる「家族だんらん」が一般家庭の日常に広がったのは、戦後のこと。主に都市部から生まれたスタイルでした。

2005年には、「健全な心身を培い、豊かな人間性を育む食育を推進する」ことを目的にした食育基本法が施行されましたが、その時点ではまだ「共食」についてはほとんど触れられませんでした。

「共食」の大切さについて強調されたのは2011年の第2次食育推進基本計画です。背景には、労働環境の変化、家族の生活時間帯の夜型化、食事に対する価値観の多様化などにより、家族で食卓を囲む機会が減少傾向にあったためと言われています。

厚労省の「全国家庭児童調査結果の概要」によると、1週間のうち家族そろって一緒に朝食をする日数が、「ほとんどなし」と答えた人は、2004年が30.6%だったのに対し、2009年は32%と増加傾向にあることが分かっています。(保育所における食事の提供ガイドライン、厚労省2012年より)

「おいしい」はどこから来る?
それでは、子どもの発達における「共食」の効果は何でしょうか。

上野さんは、2歳半~5歳の子どもが、新しい食べ物を食べる時、大人が一緒に同じものを食べることで子どもの食事に違いがあるのか調べたアメリカの研究を紹介します。

実験では、「好きなだけ食べていいよ」と、食べ物を子どもの前に置き、子どもと親しい大人が目の前に座ります。目の前の大人は次の三つのうち、いずれかの行動をしました。

(1)食べずに座っている。
(2)子どもの前に置かれたのと同じ食べ物を食べる。
(3)子どもの前に置かれたのとは違う食べ物を食べる。

すると、目の前の大人が一緒に同じものを食べる(2)は、他の場合に比べ、子どもはいち早く食べ物を口に入れ、たくさん食べることがわかりました。

新しい食べ物にチャレンジするには、心理的なためらいが出てくるものです。そのチャレンジを決断する際には、一緒に同じ物を食べる誰かの存在が後押しするようです。

離乳食を始めるころ、生後5カ月くらいの赤ちゃんは、大人が赤ちゃんとは違う大人用の食事を一緒に食べているだけでも効果があるといいます。大人がバナナなどの食べ物を食べて見せると、赤ちゃんも一緒に口をもぐもぐと動かしはじめるそうです。


研究からは、子どもの頃からの経験を通して「おいしい」という感覚を育むことが大切であることがわかりました。「おいしい」理由には味付けなどの工夫も必要ですが、それだけでなく「他者との関わり」が大切だということが実験から判明しています。

「3項関係」でコミュニケーションを
今、日本では5~6カ月ごろから離乳食を食べはじめます。

そのころの赤ちゃんは「2項関係」でものごとをとらえています。たとえば、「自分」とお母さん、自分とおもちゃなどの関係です。

それが生後9ヶ月ごろから「3項関係」で物事を見ることができるようになります。「自分」とお母さんとおもちゃ、という具合です。3項の関わりを理解することは、社会性の発達のもとになると言われています。物や人に対する他の人の意図をくみ取ることにつながるからです。お母さんにおもちゃを指差して見せ、自分の気持ちを伝えるのも、「3項関係」で物事をとらえられるからです。こうしてコミュニケーション力が発達します。

離乳食が始まると、食べ物があって、赤ちゃんがいて、食べさせてくれる大人の「3項」のやり取りを、赤ちゃんは繰り返し経験します。食事は生活に必要で毎日あることだからこそ、コミュニケーション力の発達を支える場にもなるのです。

1~2歳ごろから「美味しい」という感覚から、さらに「楽しい」という感情につなげて意味を見いだすようになります。会話が出てくるのがそのくらいの頃です。

こうした食事への思いは、「あ、このお魚、こんな味がするね。美味しいね」など、一緒に食事を囲んで会話することで、自然に培われていくといわれています。

食事を人と一緒に囲むことは大人になるまでずっと大切なことですが、発達において、この乳幼児期にはさらに大きな意味があるのです。

保育園、幼稚園や学校でも注目
2011年に、その大切さが明文化された「共食」ですが、共働きが当たり前になった時代、家庭以外での「共食」も注目されてきました。

他の人が食べていると自分も食べるようになったり、他の人と「おいしいね」と言っていると楽しくなったりする。そんな経験を自然にできるのは、保育園や幼稚園などのグループでの給食です。

幼児は、お友だちの好みにも影響されます。他の子たちがどういう風に、何を食べているのか、という情報が入りやすいのが給食の時間です。

あまり好きではないものでも、おいしそうに食べるお友だちの姿に後押しされて好きになることもあります。

上野さんは、「大人が『食べないとだめよ』と押しつけて食べさせるばかりでは、子どもが主体的に食べるようになることにはつながりません」と指摘します。

子どもの自発性を大切に
筆者が小学低学年の1990年代初頭、なかなか嫌いなものを食べられないクラスメートが、給食時間が終わって掃除の時間になっても1人教室に残され、食べさせられている場面を見たことがあります。

上野さんは「現代では、教育・保育現場で『楽しく食べる』『無理強いしない』ということは少しずつ浸透してきので、給食などでむりやり食べさせる、というような場面は減ってきているようです」と説明します。

一方で、「それでも、『残してはだめ』『全部食べた子は偉いね』といった発言によって、無意識にも子どもにプレッシャーを与えてしまうことはあります」と危惧しています。

また、共食の考え方は、それぞれの学校や園の教育方針にゆだねられる部分も大きいのが実情です。上野さんは、「大人だって食べ物の好き嫌いはある。体調によっても感じ方は違う。子どもも同じで、それぞれに違います。子どもが能動的に力をつける機会を大人が奪ってしまってはなりません」と話します。


食事の場面では「栄養をとる」「マナーを教える」ことを考えるあまり、大人が子どもをしかりつけてしまいがちです。そうなると、「共食」の本来の意味「子どもが自発的・能動的に成長する場」ではなくなってしまいます。

「しなければ」と肩に力を入れないで
子どもの「共食」を考える上で大事なのは、親が「何かをせねばならない」という縛りにとらわれないことです。

ネットで様々な情報が手に入り、子育ての体験談なども気軽に読めるようになりました。新しい知識が得られるようになった一方で、正しいか正しくないかの判断に迷う場面も増えています。

加えて、自分の親世代の考えと合わないことで悩む人も少なくありません。

上野さんは「核家族が増え、地域の関わりも変わり、身近な子育て仲間やちょっとした近所づきあいが減ってきています。子育ての不安があっても『気にしなくても大丈夫よ』と肩の力を抜ける一言をかけてくれる身近な人がいないということが親の不安につながっているのではないか」と見ています。

新型コロナの影響は
さらに、現在、コロナによって在宅時間も増え、家族で食事を囲む機会は増えました。

心配されているのは大人のストレスです。在宅ワークや食事を用意する回数が多くなると、「3食用意しなければならない」と食事の場面を負担に感じてしまいがちです。

今の時代は、テイクアウトも充実しています。「たまにはおにぎりだけでも、ピクニック気分になれますよね。テイクアウトのハンバーガーだっていい。大人も食事を一緒に楽しめるように、肩の力を抜いていいのです」(上野さん)

また、コロナ禍で自宅にいる時間が長くなり、親としては「好き嫌いはだめ」「栄養バランスが…」「全部食べさせないと」とあれこれ気になってしまいがちです。

上野さんは「子どもが保育園や幼稚園に通っているのであれば、きちんと食べる機会を持てているということ。自宅で多少食べ方に偏りがあったとしても多めに見てあげてください。子どもは、家ではあまり食べなくても、園では頑張って食べていたりするものです。食べむらが多少あっても、まあいいかという気持ちで楽しく食べられた方がいいのです」と話します。

重要なのは、親にとっても子どもにとっても食事が楽しい場であること。「『ちょっとくらい大丈夫』と肩の力を抜いていいのです」

共食ができなくても
共食は大切ですが、一方で、上野さんが心配するのは、「共食をしなければ」と親のプレッシャーになることです。そのため、上野さんは、これまでイデオロギーではなく、学術的根拠を紹介し、子どもにとって機会保障の意味で共食は大切だと伝えるようにつとめてきたといいます。

実際、様々な理由で食事に十分な時間がとれない家庭は少なくありません。上野さんは「とにかく『共食』をたくさんすれば良いということではありません。子どものために!と親はつい頑張ってしまうかもしれませんが、頑張り過ぎがぐるっと回って、子どものためにつながらないこともあるでしょう。『とにかくきちんと』よりも、リラックスして子どもと向き合う時間が持てるよう、抜けるところは手を抜いて。それが子どものためになることもあるのですから」と話します。

最近は、「共食」できない家庭の助けになるサービスもあります。子ども食堂が広がっていることについて、上野さんは「親だけでなくコミュニティも含めて子どもを育てるのが人間の古くからの育児スタイルでした。その歴史に照らせば、求められてしかるべき動きなのかなと思い、その活動内容や広がりに注目しています」と話しています。

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〈Key Issue(キーイシュー)〉めまぐるしく変わる時代のトレンドを「Z世代」「メディア」「子育て」「健康」などの分野で取材を続ける専門記者が読み解きます。

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上野有理さん(うえの・あり)

滋賀県立大学人間文化学部教授。博士(理学)。 1974年生まれ。 京都大学大学院理学研究科博士課程後期単位取得満期退学。東京大学21世紀COE「心とことば-進化認知科学的展開」特任研究員、日本学術振興会特別研究員、滋賀県立大学人間文化学部助教を経て、現在に至る。 子どもの食発達、子育て、進化をキーワードに研究を展開している。 著書は、『子どもと食-食育を超える』(東京大学出版会・分担執筆)、『赤ちゃん学で理解する乳児の発達と保育』(中央法規・共著)。

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橋本佳奈(はしもと・かな)

朝日新聞の紙面編集者・withnews記者。14年のフィギュアスケート競技歴を生かした記事を、スポーツ部時代から執筆。子育て連載#乳幼児の謎行動、#今さら聞けない子どもの安全を担当。ツイッターは@hashikana1218


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