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「子どもの本」を通じた日本の海外交流が、存亡の危機に瀕している理由


DIAMOND ONLINE 様 https://diamond.jp/articles/-/277970?page=4
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新型コロナウイルス感染拡大の影響で、日系企業の撤退や日本人の帰国が相次ぎ、海外を拠点にした文化活動に取り組む日本の非営利団体が資金難により運営の継続に苦戦している。現在も感染拡大の収束が見えない中、未来への希望をつなごうと「子どもの本」を通じた文化交流活動に取り組むニュージーランドとタイの2団体の様子を追った。(まついきみこ@子どもの本と教育環境ジャーナリスト/5時から作家塾(R))

オークランドで評判の
「日本語子ども図書館」がコロナで閉館に

 2020年春、コロナウイルスの感染が世界的な広がりを見せる中、ニュージーランドの迅速な拡大防止対策には目を見張るものがあった。2月28日にニュージーランドで最初の陽性患者が報告されてから、わずか1カ月後の3月25日に国家非常事態を宣言。全土で国民の自己隔離が開始され5月13日まで続けられた。それが功を奏し、海外からの出入国規制は厳しいものの、以降は市民生活でのコロナの脅威は収まりつつあった。

 そんなニュージーランドの様子を日本のニュースで眺めていた2020年の6月、オークランドを拠点に活動する「Japan Kauri Education Trust 日本子ども教育団体(以下JKET)」が運営する「日本語子ども図書館」が閉館という知らせに驚いた。

 ニュージーランドに住む日本人約2万人のうち約半数が暮らすオークランドで2006年から活動するJKETは、現地に滞在する日本人や国際結婚の家族の子どもたちへ日本語と日本文化を継承する取り組みを行っている団体だ。子どもの本を中心に日本語の本を1万冊以上そろえた「日本語子ども図書館」は、海外でも日本との絆を大切にしたい親子が集うJKETの活動の中心だったのである。

 海外との渡航制限はあっても、外食やレジャーなど国内に限っては規制が緩くなり日常生活ではマスクも不要になったはずのニュージーランド。コロナの影響があるにしても、長年愛されていた「日本語子ども図書館」が、なぜ急に閉館するのかと、耳を疑わずにはいられなかった。

 JKETには2016年に視察に訪れていたこともあり、すぐに団体の代表である宮内尚子さんに連絡を入れ事情を伺った。

スポンサーの日系企業が
ニュージーランドから事業撤退

「もともと、この『日本語子ども図書館』は、ニュージーランドに進出した中古車販売を手掛ける日系企業がJKETの理念に賛同し、自社の敷地内の建物を提供してくれたものなのです。しかし、コロナの影響で販売が落ち込んだだけでなく、商品となる日本からの中古車も、輸入検閲など制限が厳しくなったようです。そのような状況から日本本社の判断で、6月末までの事業撤退が決まったとお伺いしました。閉館は大変残念ですが、これまでお世話になっていた立場ですので、何も言えません」と、その日系企業の判断に理解を示す宮内さんだったが、突然の退去要請で図書館内にある1万冊以上の本の行き場所に頭を悩ませていた。

 コロナはニュージーランドだけでなく、日系企業の撤退や駐在員の帰国で海外の日本人コミュニティーを一変させた。

 一般社団法人日本在外企業協会が2021年2月に発表した、社員の海外赴任を行っている企業へのアンケート調査『新型コロナウイルス感染拡大による海外駐在員への影響』では、「新型コロナ感染拡大の影響により一時的に日本に退避した海外駐在員はいるか」という質問に88%が「いる」と回答。「一時帰国中に海外赴任を終了し、本帰国になった海外駐在員はいるか」という質問には67%が「いる」とし、海外赴任の日本人数が急激に減少したことが分かる。

 永続的ではないとしても、日系企業の撤退や駐在員の大量帰国は、ニュージーランドのJKETだけでなく現地の日本人コミュニティーを軸に活動している世界中の非営利団体の資金枯渇につながってしまうことは容易に想像できる。


資金集めの活動が自粛
タイ「アークどこでも本読み隊」

 タイのチェンマイ県プラオ郡の図書館を拠点に活動を展開する「アークどこでも本読み隊」代表の堀内佳美さんからは、深刻な資金不足が続いているというメールが、コロナの収束が見えない2020年の暮れ頃から私に届くようになっていた。

「アークどこでも本読み隊」は2010年1月にタイに留学経験のあった本好きの堀内さんが、図書館の少ないタイの農村部の子どもたちに本を読み学ぶことの喜びを伝えたいと設立。2018年6月には、タイ国内で「ムラニティ・ノーンナンスー(本の虫財団)」という法人格も取得し、長期的に活動の幅を広げていくことを目標にしていた。堀内さんは全盲でありながらも国際的な読書啓蒙活動家として、日本のテレビ番組などで紹介されることもあり、ご存じの方も多いのではないだろうか。

 これまで堀内さんは、日本とタイを行き来し、講演会などを行って得る収入をはじめ、活動への理解を深めてもらうために支援者やスポンサー先に直接出向くことで資金調達を行ってきた。だが、コロナ禍での活動自粛で講演会は開催できず、またスポンサーへの協力も申し出にくい状況が続き、運営資金集めが停滞してしまったという。

「アークのための貯金はどんどん減っていき、これまで何度もしてきた自分の中に火をともして前へ進むことが、とても難しく感じます。今までは、いろいろな場所にいる人と接することでモチベーションを高めていたことがよく分かりました。私の中のともし火が、酸素不足で、今にもふっと消えてしまいそうに思うことさえありました」と堀内さん。大切にしているコミュニケーションもままならないコロナ禍によって、お金だけでなく先が見えない精神的な苦しさも彼女の心にのしかかっている。


新たな挑戦で持続可能な
組織の体制作りを目指す

 厳しい状況下ではあるが、支援者に支えられた新たな活動継続への挑戦も始まっている。

 実は先に、2020年6月に閉館と書いたJKETの「日本語子ども図書館」だが、半年の休館を経て同年12月に同じオークランドの新しい場所で再スタートを切ったのだ。宮内さんは「世界中の支援者による寄付やクラウドファンディング、ニュージーランド政府からの1年分の賃料と助成金支援で図書館が再出発できる場所を見つけることができました」と教えてくれた。帰国者が多いとはいえ、まだまだ多く人が住むオークランドで唯一の「日本語子ども図書館」には大きな期待が寄せられている。


 また、寄付者の中には「NPO法人中野こども空間」(東京都中野区)のように、直接JKETや宮内さんに面識のない団体もある。「中野こども空間」は、地域の親子が気軽に集える場作りを2000年から行っている。NPO内で応援プロジェクトを立ち上げたスタッフの新谷あゆみさんは「JKETがニュージーランドに住む日系親子の場作りを長年行っていると聞き、『中野こども空間』とも通じるところや、昔私がワーキングホリデーでニュージーランドに滞在していたこともありご縁を感じ、なんとか日本から応援したいと思いました」という。「中野こども空間」でも、コロナ禍の活動自粛でもどかしい思いをしていたことが共感を生んだ。新谷さんがニュージーランド滞在中に撮りためていた風景写真で「2021年カレンダー」をNPOのメンバーと制作販売し、2021年12月に売り上げ15万円をJKETに送金した。

 コロナウイルスは、もともと財務的な余裕のない非営利団体や組織に打撃を与えている。特に2団体のような海外の文化交流活動は、これまで受けていた助成金自体が休止されるなど、継続の危機である状況は今も変わらない。 タイの「アークどこでも本読み隊」では、バンコク在住の日本人が2人、ボランティアとして加わり、2021年2月に「アークの会」という、会費の3000円がアークの運営資金になる会員組織を立ち上げた。6月末時点で年間予算の約2割が集まっているという。「新鮮な空気の流れに、私はひとりではないという心強さを感じました」と堀内さん。逆境にありながら仲間と前に進む決意だ。

 同じようにSOSを発している海外の非営利団体はまだまだ数多くある。海外渡航が制限されるコロナ禍だからこそ、国際化への意識を高めた未来への貢献につながる支援が求められている。そして逆境で踏ん張る仲間に差し伸べられた手の数が、新しい時代の日本の国際力となるのだ。


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