2学期「子どもの感染拡大防止」に欠かせない視点 デルタ株で重症化の例も、ワクチン接種は有効か





東洋経済オンライン
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9月からの新学期を控え、「子どもたちを、学校に行かせても大丈夫でしょうか」と質問されることが増えた。この回答は難しい。感染のリスク低減と教育機会の喪失はトレードオフの関係にあり、一概には言えないからだ。最終的には生徒と保護者、さらに教員たちで決めるしかないが、最新の研究を踏まえ、やりようはある。本稿で論じたい。

新型コロナウイルス(以下、コロナ)の第5波では、子どもの感染が拡大している。デルタ株の蔓延が原因だ。8月20日、読売新聞は「厚生労働省によると、全国で今月12~18日の1週間に感染が確認された20歳未満は2万2960人にのぼり、第4波で最多だった5347人(5月13~19日)の4倍超に増えた」と報じている。

子どもの感染が拡大しているのは、日本に限った話ではない。アメリカでも急増している。8月5日までの1週間で、子どもの新規感染者は約9万4000人で、直近で最低だった6月24日の週の11倍だ。子どもの感染は全体の15%を占める。

ただ、これは過小評価の可能性が高い。8月17日、カナダの医師たちは、2020年3月から12月にカナダのオンタリオ州で実施されたすべてのPCR検査の結果を用いて、年齢層毎の感染率の違いに検査の頻度が、どの程度、影響しているか調べた。詳細は省略するが、10歳以下と80歳以上で検査が少なく、多くの無症状感染者を見落としていると結論している。小児の感染は、われわれが考えているよりはるかに多い。


重症化する子どもも

さらに厄介なのは、重症化する子どもが増えたことだ。前出の読売新聞の記事でも「20歳未満の死者は確認されていないが、都内では7月、10歳未満の女児2人が重症となったことも確認された」と報じているし、8月14日、アメリカでは小児のコロナ患者の入院が1902人に増え、アメリカにおけるコロナ入院の2.4%を占めたことが大きく報じられた。アメリカの小児科学会で会長を務めたサリー・ゴザ氏は、「目下のコロナ感染は昨年とは別物」とコメントしている。

「別物」である理由は、感染の主体がデルタ株だからだ。デルタ株は感染力が強く、小児にも感染する。これが、世界で子どもの感染が拡大している理由だ。子ども同士でも感染する。8月25日の毎日新聞の記事によると、8月19日現在、全国の165の保育園などの施設が臨時休園となっており、1カ月前の4倍だ。


小児の感染動態についても、研究が進んでいる。8月16日、カナダの公衆衛生当局がアメリカの『医師会誌小児科版』に発表した研究によると、小児の感染を確認した6280世帯のうち、1717世帯(27.3%)で2次感染が確認された。周囲にうつしやすいのは0~3歳児で、14~17歳と比較した場合の感染拡大リスクは1.43倍だった。なぜ、この年代の感染者が、周囲にうつしやすいのかは現時点ではわからない。

こうなると、9月に新学期が始まれば、学校で感染が拡大するのは避けられそうにない。

アメリカ・テネシー州ナッシュビルでは、学校が再開された最初の2週間で、602人の生徒と119人の職員の感染が判明しているし、法政大学野球部でも33人の集団感染が確認されている。

臨時休校し、オンラインで授業を行うべきだろうか。私は賛同できない。教育へ与える影響が大きいからだ。感染拡大を防ぐため、リモートで授業を行えば、iPadやパソコンなどを購入できる裕福な家庭の子どもと、このような機器を準備できない経済的に困窮した家庭の子どもでは、大きな格差か生じてしまう。教育格差は、賃金格差や健康格差を生じ、社会の格差を固定してしまう。子どもたちには、対面による教育環境を整備しなければならない。

検査・隔離とワクチン接種が必要

どうすればいいのか。基本に立ち返るしかない。検査・隔離とワクチンだ。

すぐにできるのは検査の拡充だ。政府は、来月から最大で80万回分の抗原検査キットを教育現場に配布する方針を表明しているが、これでは不十分だ。微量のウイルスでも増幅できるPCR検査と異なり、抗原検査が陽性になるには一定量のウイルスが存在しなければならない。

今年1月、アメリカ疾病対策センター(CDC)は、発熱などの症状がある人の場合、抗原検査はPCR検査陽性者の80%で陽性となるが、無症状感染者の場合には41%まで低下していたと報告しているし、6月には、アメリカ・プロフットボールリーグ(NFL)に所属する医師たちが、昨年8月~11月までに実施した約63万回の検査結果をまとめ、抗原検査は感染早期を中心とした42%の陽性者を見落としていたとアメリカの『内科学会誌』に発表している。

抗原検査は、その場で検査結果がわかるため、クリニックなどでの迅速診断に有用だ。ただ、学校でのスクリーニングなど、時間的な猶予が許される状況で、PCR検査を避け、抗原検査を利用する合理的な理由はない。

では、なぜ、日本政府は抗原検査にこだわるのだろうか。私は厚労省の都合を優先したためだと考えている。コロナ流行以降、厚労省はPCR検査を抑制し、抗原検査の使用を推奨し続けてきた。保健所の負担を減らしたい厚労省にとって、保健所の手を煩わせず、検体採取現場で検査できる抗原検査は好都合だ。

令和2(2020)年度の第2次補正予算では、抗原検査の確保のため179億円が措置されており、大量の在庫を抱えている。何とかして使い切らなければならない。1月22日には、「無症状者に対する抗原簡易キットの使用」を推奨する通知まで出している。丁度、CDCが、無症状感染者に対する抗原検査の限界を示す論文を発表した時期に正反対の通知を出していたことになる。在庫一掃が目的と言われても仕方ない。残念ながら、尾身茂コロナ対策分科会会長などの専門家からも、このような声は聞こえてこない。

検査と並ぶ重要な対策がワクチン接種だ。デルタ波に対しては、ワクチンを打っても感染は完全には予防できない。このことを世界が思い知ったのは、7月初旬に、アメリカで開催された独立記念日のイベントで469人の集団感染が発生したときだ。特記すべきは、346人が接種を済ませていて、彼らが排出するウイルス量が、接種者と大差なかったことだ。ワクチンを打っても、デルタ株には感染するし、周囲にもうつしてしまう。集団免疫戦略は見直されることになった。

だが、ワクチンの意味がなくなったかと言えば、そんなことはない。ワクチンを打てば、重症化は予防できるからだ。イスラエルの報告によると、60歳以上の未接種者の重症例は10万人当たり85.6人だが、接種完了者は16.3人と、81%減少している。これは、日本の医師の感覚とも一致する。

アメリカの政府系機関や民間企業などでワクチン接種の義務化が進んでいるのは、集団免疫のためではない。個人を守るためだ。カナダ連邦政府も接種を義務化したし、ギリシャでは未接種者の就労を制限する方向で調整が進んでいる。

アメリカ、イスラエルなどは12歳以上へワクチン接種

子どもも例外ではない。CDCは、5月12日に12~15歳に対して、ワクチン接種を勧告し、6月21日、イスラエル政府もそれに倣った。その前日に、日本では文科省が、接種への同調圧力を恐れて、学校での集団接種を推奨しないと発表したのとは対照的だ。判断の基準がワクチンの効果や安全性でないのが日本らしい。その後、遅ればせながら、8月16日にはドイツも12~17歳の全員にワクチン接種を推奨した。

もちろん、子どもへの接種には懸念もある。それは安全性だ。将来がある子どもたちへの接種は慎重でなければならない。現在、どの程度までリスクがわかっているのだろうか。結論からいうと、かなり安全だが、リスクは否定できない。

臨床医学では、医薬品の安全性・有効性は臨床試験で検証する。ワクチンも例外ではない。ファイザー製のコロナワクチンの場合、12~15歳の小児を対象とした臨床試験の結果が、5月27日にアメリカの『ニューイングランド医学誌(NEJM)』で報告されている。『NEJM』は世界最高峰の医学誌だ。

この臨床試験では、小児2260人がワクチン群とプラセボ群にランダムに割り付けられ、効果および安全性が評価されている。ちなみに投与量は成人と同じ30μg(マイクログラム)だ。発達途上の12~15歳に、成人と同量のワクチンを打てば過量になるかもしれないという懸念があった。

この試験では、2回目接種後の38度以上の発熱は20%、倦怠感は66%で認められたが、これは18~65歳を対象とする先行試験での17%、75%と同レベルだった。懸念された副反応は問題とならなかった。

一方、効果に関しては、プラセボ群では16人がコロナに感染したのに、ワクチン接種群では誰も感染しなかった。有効性は100%ということになる。この臨床試験はデルタ株流行以前のものであり、有効性の評価は注意が必要だが、安全性に関しては有望な結果だ。

ファイザーと並びワクチン開発をリードするモデルナの報告も同様だ。彼らが5月25日に発表した臨床試験には、12~18歳の約3700人が登録されたが、2回接種後のコロナ予防効果は100%で、副反応も大きな問題とはならなかった。

このような臨床試験の結果を受けて、5月10日、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、12~15歳に対するファイザー製のワクチンの緊急使用許可を認めているし、6月10日にはモデルナがFDAに緊急使用許可を申請した。

アメリカは、より低年齢層への接種も進めている。ファイザーとモデルナは治験を拡大しており、5~11歳でも進行中だ。早ければ、冬場の流行期までには緊急使用許可が下りる。

懸念は心筋炎・心膜炎

かくのごとく、アメリカでは小児への接種を積極的に推進している。では、現時点で、何が問題となっているのだろうか。世界の専門家の関心を集めているのは心筋炎・心膜炎だ。心筋炎・心膜炎は、ウイルス感染に伴う自己免疫反応や、コロナ以外のワクチン接種後にも発症することが知られている免疫合併症だ。多くは無症状、あるいは軽症で、後遺症なく治癒するが、まれに重症化することがある。

6月10日、CDCは、30歳以下でファイザーあるいはモデルナ製のmRNAワクチンを接種した人のうち、475人が心筋炎・心膜炎と診断されたと発表した。ほとんどは後遺症なく回復していたが、15人は研究発表の時点で入院し、3人は集中治療室に入っていた。

特記すべきは、大半が若年者の2回目接種後に起こっていたことだ。このことについては、イスラエルからも同様の研究結果が報告されている。


アンチワクチン運動にどう対応するか

子どもたちにワクチン接種を促進するには、社会および保護者のワクチンに対する正確な理解が欠かせない。コロナワクチン接種を進める世界各国で、大きな障害となっているのはアンチワクチン運動だ。

ネット上には、「ワクチンを打つと不妊になる」や「遺伝子が書き換えられる」といったデマがあふれている。医師や政治家の中にも、過度にコロナワクチンの危険性を喧伝する人もいる。このような偏向した主張が、多くの人々を不安にさせ、ワクチン接種を躊躇させる。子どもたちへの接種では、特に問題になりやすい。アンチワクチン対策は、世界が抱える公衆衛生の重大な問題だ。


おそらく、小児ワクチン接種での最大の問題は、この心筋炎・心膜炎だろう。ただ、これについても研究が進み、接種を推奨することがコンセンサスになりそうだ。その根拠は、8月25日にイスラエルの研究者が、『ニューイングランド医学誌』に発表した研究だ。

この研究によれば、コロナワクチンを接種することで、心筋炎・心膜炎のリスクは3.24倍上昇するが、コロナに罹患した場合、そのリスクは18.3倍増加する。デルタ株の流行を考えれば、どちらのほうがリスクが低いかは議論の余地はない。

では、子どもたちへのワクチン接種は、どうすればいいのか。接種希望者や保護者と相談し、個別に判断するしかないが、政府や自治体は、生徒や保護者が接種しやすいような環境を作ることだ。

日本でも一部の自治体は、小児への接種を推進している。筆者が接種をお手伝いしている福島県相馬市では、6月19日から高校生、7月27日から中学生を対象とした集団接種が始まり、夏休み中に接種を終える。

文科省が躊躇する傍ら、なぜ、相馬市では子どもたちに集団接種できるのか。それは、相馬市で成人に対する集団接種が進んでいるからだ。6月1日からは基礎疾患のない64歳以下の市民に対する接種が始まり、7月17日には集団接種を終えた。16歳以上の希望者の93.5%に接種した。


実は、こんなことにまで世界では実証研究が進んでいる。5月25日、アメリカの『医師会誌(JAMA)』は「信頼とワクチン接種、アメリカにおける10月14日から3月29日の経験」という論文を掲載した。

論文の結論は、至極真っ当なものだった。著者たちは、アメリカでは当局がワクチンを適切な手続きを経て承認し、大量接種を粛々と進めることで、社会のワクチンへの信頼が醸成されたと結論している。着実に接種を進めることが、アンチワクチン派の勢力が増大する時間的余裕を与えないということだろう。

まさに相馬市がやってきたことと同じだ。相馬市でお会いする市民の中には「ワクチンを打ってよかった。子どもたちにも勧めたい」という保護者が少なくない。

子どもたちへのコロナワクチン接種については、いろんな考え方があるだろう。ただ、状況を総合的に考えれば、私はワクチン接種を勧めたい。リスク以上にメリットが大きいからだ。未成年の1年間は大きい。ワクチンを接種し、勉強や課外活動に勤しんでもらいたい。


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