「マスク世代の子ども」に知能低下リスク?専門家が考える対策とは





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コロナ禍の新しい生活様式としてすっかり定着したマスク。だが、長引くマスク生活は、子どもたちの脳の発達に影響を及ぼす可能性があるという。実際、保育、教育現場からは「子どものことばの発達が遅いようだ」「反応がおとなしくなった」などの声も上がっているのだ。マスクをし続ける日々が日常化すると、子どもたちの成長にどう影響するのか。京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授に聞いた。(清談社 田中 慧)

顔が見えないことによる

赤ちゃんの学びの危機

「コロナ禍で、今までと異なる生活環境で日々成長していく子どもたちの脳には、今後さまざまな変化が起きてくる可能性は否定できません」

 そう警鐘を鳴らすのは、京都大学大学院で人間の脳と心の発達について研究している明和政子教授だ。

今年8月、ブラウン大学の研究チームが米東部ロードアイランド州で行った調査によると、新型コロナ拡大後に生まれた幼児は、それ以前に生まれた幼児よりも、知能指数(IQ)が顕著に低下しているという。

 明和教授は、さらなる検証が必要だと慎重に結果を受け止めつつも、「子どもたちが喜怒哀楽といった感情を学ぶ機会が急激に減っているのは確かだ」と危機感をあらわにする。

 私たちは、相手の多様な表情やしぐさを見て、また、自分でもそれをやってみることによって感情を理解するようになる。特に乳児期は、喜怒哀楽といったさまざまな表情から感情を理解する能力を身につける重要な時期にあたる。

「何も考えずに、口角を上げて笑顔をつくってみてください。不思議なことに、楽しいから笑ったわけではないのに、いつのまにか自然と楽しい感情がわきたちます。体の反応がまず起こって、それから感情があとで意味づけされるのです。赤ちゃんが感情表現を学ぶのも同じです。まずは周りの大人の“笑う”という行為をまねする。そのタイミングで、大人から抱っこしてもらったり、声をかけてもらったりと“気持ちいい”経験を積み重ねていくことで、“笑顔”=“楽しい”という結びつきが起こり、感情が理解されるのです」

 赤ちゃんが表情を学ぶこの時期に、たとえばネグレクトや身体的苦痛を受けるなど大人から適切に応答してもらえない環境で育つと、“笑顔”が“楽しい”感情と結びつかなくなる可能性もある。赤ちゃんにとっては、周りの人の表情をまねながら感情を相手と共有していく経験が何より重要なのだ。

「誰もがマスクをしている今、子どもたちは“まねる”対象としての“顔”を経験する機会が減っています。マスク生活が今後いっそう日常化すると、パンデミック以前に育った世代が当たり前のように身につけてきた喜怒哀楽を理解すること、相手と感情を共有することが難しくなる可能性は否定できません」

他者を思いやる力の未熟な

就学期や思春期における影響

 マスクで表情が見えないことは就学期の児童にも影響している。脳の“前頭前野”がいまだ未発達な段階にあるこの時期の子どもたちは、マスクをした相手の気持ちを察することに難しさを感じているようだ。

「マスクで相手の表情が見えないことが、コミュニケーションの障壁となっています。いざこざが起こったとき、相手に『ごめんね』と謝っても、マスクをしているので相手にその思いが十分伝わらず、トラブルが悪化してしまう場面も増えているようです。その背景には、脳の未成熟さがあります。文脈に応じて、今何をすべきかをイメージ・推論したり、感情を意識的に抑えたりする役割を果たす“前頭前野”とよばれる脳部位があります。前頭前野の成熟までには25年かかる。つまり、就学期や思春期のお子さんは前頭前野がいまだ成熟していないのです」

 たとえば、目の前に悲しんでいる人がいたら、自分にとってうれしくてたまらないことがあったとしても、相手を気遣って笑顔を隠そうとするだろう。これは、前頭前野の働きによって、自分とは異なる相手の心を推測し、自分の感情を抑制して行動をコントロールしているのだ。

 しかし、前頭前野の発達がいまだ未熟な段階にある子どもたちにとって、相手の気持ちを考えて自分の欲望を我慢するのは、もともと容易なことではない。

「今の子どもたちは、SNSなどサイバー空間でコミュニケーションする機会が多くなっています。コロナ禍は、それをさらに後押ししました。サイバー空間でのコミュニケーションが主流になると、相手の痛みなどに共感する力が低下していくかもしれません。なぜなら、体を使って相手と行動を共有する経験は、サイバー空間ではたいへん限られてしまうからです。友達が指を切って血を流しているのを見たとき、私たちは、思わず自分の手も痛いように感じます。これは、自分も過去に同じ経験をしたことがあるからです。痛かった経験が目の前の相手の行動と鏡のように重なる脳の反応が起こり、無意識に自分のことのように感じてしまうのです。フィジカル(物理)空間では、子どもたちは相手と体を介して直接コミュニケーションする経験が豊かに得られます。しかし、サイバー空間でのやりとりではそうした経験を得ることは難しくなります」

 コロナが流行する以前であれば、子どもたちは友人と体をくっつけ合いながら思いっきり遊んでいたはずだ。

「そうした“楽しい”感覚や経験が記憶として脳内に残っています。しかし、この1年で、『給食は黙って食べよう』『友達と密にならない』といったルールが求められるようになった。密や接触に楽しい記憶もつ子どもたちにとって、それを我慢しなければならないストレスはかなり大きいはずです」

長引くマスク生活で

子どもたちにしてあげられること

 では、長引くマスク生活で、これまでとは異なる環境で育っていく子どもたちに対して、周囲の大人はどのようなことを意識すればいいのだろうか。

「ご家庭でお子さんと対面して豊かな表情を共有する、体を触れ合わせる時間をなにより大切にしてください。家族内では、マスクをはずしておられる、密をさけずにいることが多いと思います。家族全員で協力して、たくさんの表情を見せて、体を使ったコミュニケーションを子どもたちに提供していきましょう。家庭内で、お子さんの学びの機会を増やし、脳の発達を支える試みです。5分でも10分でも長く、子どもたちとフィジカル空間で触れ合ってください」

 スマホやテレビなどでもさまざまな人の顔を見せることはできるが、幼い赤ちゃんにとっては、画面越しに表情を見るだけでは学習の効果はあまり期待できないという。顔を見るという体験に、“楽しい・うれしい”という感覚が体を通して結びつかない限り、相手の感情を理解することにはつながらない。

「『マスクをしていても目でコミュニケーションはできる』と主張する人もいますが、それは既に完成された脳を持っている大人にとっての話です。これから多くの感情や人との付き合い方を体の反応、経験を通して学んでいく子どもたちにとっては、目だけでコミュニケーションすることはきわめて難しいのです。保育、教育現場など、感染対策との両立を図りながら学びの機会を提供していくことが求められる場合は、たとえば表情が見えやすい透明なマスクを使うことなども有効かもしれません。ただし、家庭内で対面でのコミュニケーションがしっかりできていれば、過度に不安に思われる必要はないと考えています」

 現代の子どもたちは、激変する環境のなかでどのように脳を発達させ、育っていくのだろうか。マスク生活は、子どもにとっては大人以上に感情を理解・表現したり、コミュニケーションしたりすることが難しいという事実をしっかりと認識したうえで、「子どもにとって必要な」新たな生活様式を考えていくべきである。

明和政子

京都大学大学院教育学研究科教授。文部科学省科学技術・学術審議会委員、日本学術会議連携会員。専門は「比較認知発達科学」。公益社団法人全国私立保育連盟の理事も務める。主な著書として「ヒトの発達の謎を解く―胎児期から人類の未来まで(ちくま新書)」、「まねが育むヒトの心(岩波ジュニア新書)」など多数。


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