「一番収入低い人に渡らない」介護・保育の非正規に“分配”されなかった理由



西日本新聞様 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/836857/
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 岸田文雄首相は、自らが掲げる「成長と分配の好循環」に向けた取り組みの一つとして、介護や保育現場で働く人の賃上げに着手した。19日に閣議決定した経済対策には、来年2月にも介護職や保育士の賃金を月額9千円引き上げることを盛り込んだ。ただ、過去の賃上げ策は全ての働き手には届いておらず、今回の対策も有効性を疑問視する声がある。労働組合関係者は、働き手全体の収入を底上げする新たなルールづくりを求めている。

 福岡県内の高齢者施設で働くパート雇用の女性(63)はこの秋、上司に詰め寄った。「国の制度で出るお金なのに、どうしてパートはもらえないんですか?」

 勤め先の事業所は、昇給につながる賃金体系整備などの条件を満たすと介護報酬が上積みされる「介護職員処遇改善加算」を受けている。2012年度、国が介護職員の給与を上げるため設けた制度だ。上乗せ分は従業員に配分する決まりだが、手当は正社員にしか出ていない。

 仕事は食事や入浴、トイレの介助、居室の清掃と幅広い。入浴は1日4人ほどを担当し、寝たきりの人も1人で介助する。毎日くたくたになる。

 仕事の内容は正社員と変わらないと思う。上司の返答は「雇用契約書には、そんな手当が付くとは書いてないでしょ」だった。

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 女性の時給は880円。福岡県の最低賃金870円と10円しか変わらない。月の手取りは11万円ほどだ。

 介護の仕事は3社目。前の二つの職場も処遇改善の手当はなかった。「収入が一番低い人に渡らない制度でどうするの、と思う」。独身で、仕事を掛け持ちして生計を立てている。

 処遇改善加算による賃上げは、パートなどの非正規労働者も対象となる。国の昨年4月の調査では、条件を満たして加算を受けた事業所は93・5%に上った。

 それでも恩恵から漏れる人がいるのは、上積み分を全ての介護職員に支給する決まりがないため。誰に、どのくらい配分するかは事業所に委ねられ、女性のような立場に陥る人がいる。

 手当があっても、生活に苦しむ人はいる。訪問介護の事業所にパートで勤める女性(58)=福岡市=は、時給が100円上がり、夏に寸志で3万円を受け取った。独身で月の手取りは約13万円。「これじゃ蓄えはできない。ずっと働かないといけないけど、体力が持つか」と不安を抱える。

 介護職などが加入する全国規模の労組「全国福祉保育労働組合」(東京)の民谷孝則書記次長は「介護事業所の全ての職員を対象とし、1人当たりの金額もきちんと決めて支給する形が望ましい」と異議を唱える。

 組合員からは、今回の経済対策で示された賃上げ額に失望する声も出ている。「月9千円ではあまりにも少ない。国が責任を持ち、国費による交付金で賃金をもっと上げる制度をつくるべきだ」と主張する。

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 保育現場も厳しい。保育士が低賃金に悩むケースは依然としてある。

 福岡市の保育士の女性(39)は、正規、非正規両方の形態で保育所に勤務した経験がある。妊娠・出産を機に辞めたが、復帰を求められて悩んでいる。

 認可保育所は、条件を満たすと行政からの運営委託費に、保育士の処遇改善加算が上乗せされる。使い道は賃金の引き上げ。女性は正職員時代こそ月1万円ほどの手当が付いたが、非正規期間はほぼなく、一度時給が10円上がり、年度末に3千円弱を受け取っただけ。

 月給も正職員で手取り約17万円、パートは8万円足らず。「子どもが熱を出さないか、けがをしないか、いつも緊張しっぱなし。割に合わない」。収入面を理由に辞める同僚を何人も見てきた。

 低賃金の一因は制度面にあるとされる。現行では運営委託費のうち何割を人件費に充てるか、処遇改善加算の多くを誰にいくら分配するか、保育所が決める仕組みになっている。労働組合「介護・保育ユニオン」(東京)の三浦かおり共同代表は「委託費のうち最低でも何割は人件費に充てる、などの規制を設けるべきだ」と訴える。

 政府は賃上げに向け、委託費を計算する根拠となる公定価格の見直しを始めた。三浦共同代表は「公定価格の引き上げはもちろん、委託費の規制づくりと、職員を手厚く置いた際の人件費の拡充を同時に進めないと、賃金は上がらない」と指摘する。

■「全員に渡さない制度おかしい」

 介護と保育現場で働く人に話を聞いて回ると、誰もが声をそろえた。「仕事は本当に大変。割に合わないです」と。心に響いた苦悩を伝えたい。

 高齢者施設で働く女性(63)は、職員の給与アップに充てる処遇改善加算を「そもそも全員に渡さなくていい制度なのがおかしい」。今のやり方が続けば、国がいくら施策をしても給料は上がらない、と嘆いた。

 保育士の女性(39)の言葉も切実だった。「今、働いている保育士は仕事にやりがいを感じ、安い給料でも我慢している。行政はそこに甘えている」。この国は子どもをきちんと育てる気があるのか、とも。

 首相は介護職や保育士などの賃金引き上げを最優先課題に挙げた。これまでのような待遇改善の漏れはもう許されない。繰り返せば現場は落胆し、人手不足にも歯止めがかからないだろう。覚悟を見せてほしい。

(編集委員・河野賢治)



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