脱アナログ「保育園」が本気で取組み起きた大変化 温かみがあるから手書きが好きの声もあるが…





東洋経済オンライン
------------------------------------------------------------------------------------------------


小さな子どもがいる親にとって、朝は時間との闘いだ。とくに共働きで子どもを保育園に預ける場合、子どもと自分の準備をして、仕事に間に合う時間に家を出なければならない。子どもを「早く!」と急かしながら、自分の準備もままならず出勤する人も多いのではないだろうか。

一方、保育士の朝も、親と同様に忙しい。園児を迎えると同時に、欠席や遅刻の電話対応も行わなければならない。さらに日中も、連絡帳やクラス便りといった書類作成のほか、行事や監査の準備など、保育士は日々多くの業務を抱えながら園児の成長に寄り添っている。

そんななか、保育士が子どもと向き合う時間を増やすために、出欠連絡や連絡帳をアプリで管理するなどの機能を備える「保育ICTシステム」を導入する園が徐々に増えているという。保育ICTシステムの普及で、保育士の業務はどう変化しつつあるのだろうか。


事務雑務の軽減を求める保育士がおよそ半数

「平成30(2018)年度東京都保育士実態調査」によると、およそ半数(49.0%)もの保育士が、職場の改善希望事項として「事務雑務の軽減」を挙げた。保育士の事務雑務とはどのようなもので、どれほど忙しいのだろうか。東京都や神奈川県の保育士数人から話を聞くことができた。

まず、朝は登園してくる園児のお迎えと、欠席や遅刻の電話対応を同時に行う。電話内容を担任に連絡しなければならないが、「電話や送迎が相次ぐと、伝え漏れのリスクもある」という。

午前の活動と給食の時間が終われば、午睡(昼寝)の時間だ。午睡時は、園児の就寝中の姿勢や呼吸状態の確認(午睡チェック)を行う。これは、乳幼児突然死症候群(SIDS)の発症や、うつ伏せ寝による窒息予防のために行われるもので、園児の体勢を記録し、うつ伏せになっている園児は仰向けに戻さなければならない。乳児クラスでは、5分に1回の確認が必要になってくる。

午睡時間に連絡帳記入などを進めたいが、午睡チェックと起きてしまった園児の対応で、ほかの業務まで手が回らないことがほとんどだ。

連絡帳は、保育士と保護者の交換日記のようなもの。保護者が子どもの食事内容や体調などを記入して園に持参し、保育士も園児の食事内容や1日の様子を降園時間までに全員分記入して返却する。ほかにもクラス便りや月案(指導案)、日誌の作成、出欠人数や登降園時間の集計、そして行事の準備も行わなければならない。


多くの業務を抱えたまま、子どもたちと午後の活動を行えば、もう降園時間だ。

都内に住む保育士は、「お便りを紙配布する場合、原本を作って印刷し、全員分折りたたんで連絡帳に挟む、という一連の作業だけで相当な時間がかかります。勤務時間内に終わらなかった業務は、持ち帰って自宅で作業することもあります」と話す。

連絡帳のイメージ。赤ラインを引いてあるところが先生からのコメント。全員分手書きとなるとかなり大変だ(編集部撮影)

連絡帳やクラス便りを手書きしている保育士のなかには、「大変だけど、温かみがあるから手書きのほうが好き」という人もいる。筆者の周りの保護者も、「手書きで書いてもらった連絡帳を読むと嬉しい」と話してくれた。

連絡帳を手書きでやり取りするのもさまざまな利点がある。しかし、保育士が多くの業務を抱えるなか、園児の成長と向き合うこと以外の業務や時間については、もっと選択肢があってもよいのではないだろうか。

全園に保育ICTを導入した園の変化

多忙な保育士たちの事務雑務を改善するため、出欠連絡や連絡帳の機能を備えた保育ICTシステムを導入した保育園がある。あしたばマインドが運営する、明日葉保育園だ。

同園では、今年度より全20園で「CoDMON(コドモン)」という保育ICTシステムを導入した。CoDMONは、登降園時間の管理機能をはじめ、活動記録や指導案の作成機能を備えた保育ICTシステムで、アプリ上で出欠連絡や連絡帳のやりとりが可能だ。

コドモンの小池義則社長によると、「現在、全国にある保育所などはおよそ4万園で、そのうち何らかの保育ICTシステムを導入しているのは35%(1万4000園)程度。『CoDMON』を導入している施設は、11月時点で9000超」だと言う。

システムを導入して、保育士の業務はどう変わったのだろうか。明日葉保育園元住吉園の宇佐美亜紀園長に聞いた。

すき間時間に園児の様子を記録する保育士。「作業に集中しすぎないよう、1文入力したら子どもたちの様子を見るなど、工夫して使っている」とのことだ(写真:あしたばマインド)

「当園では1クラスに1台iPadを導入し、午睡などのすき間時間を有効活用して事務作業を進められるようになりました。従来の午睡チェックでは、園児の就寝中の姿勢を手書きしていましたが、アプリなら体の向きをワンタッチで選択するだけで記録できます。手早く記録できるので、園児の様子を見ながらほかの事務作業も進められるうえ、起きた子の対応もすぐにできるようになりました」


クラス便りについては、手書きの温かみを残したいという保育士もいるため、「システムを使うかどうかは保育士の裁量に任せている」(宇佐美園長)という。手書きの場合も、PDFに変換して保護者に配信するため、印刷や紙を折りたたむ作業がなくなり、ペーパーレス化にも繋がった。

「手をかけるべき業務とシステムを使うべき業務、双方のバランスを見て使い分けることが大切だと感じています。すべてをシステムに任せるのではなく、例えば新人保育士の書類作成についてはシステム内の定型文ではなく、まずは自分の言葉で表現してみるよう指導することもあります」(宇佐美園長)

登降園時は、園玄関に置かれているiPadでクラスと名前をタッチすれば時間が自動で記録される(筆者撮影)


活動内容が一目でわかる機能も

保育士、保護者ともに好評なのが、園児の写真をコメント付きで保護者に配信できる「保育ドキュメンテーション」という機能だ。多忙な保護者でも、スマホで簡単に子どもの成長や保育園での様子を見ることができる。

保育ドキュメンテーションなら、子どもたちの活動内容や様子が一目でわかる(写真:あしたばマインド)

「保育ドキュメンテーションは、園児がどの活動でどんな様子だったかを一目で振り返ることができるので、保育士も保育の振り返りや月案の作成に活かしています」(宇佐美園長)

導入から半年以上経ち、園長はじめ保育士もシステムを使いこなせている様子だったが、スムーズに導入できたのだろうか。あしたばマインド保育園事業部運営課の寺澤加代子マネージャーが振り返った。

「最初は操作面で不安の声も挙がりましたが、『今はスマホやタブレットで買い物をする時代だから、使いこなせるはず』と職員に伝えて、システム導入の土壌作りをしました。導入してから時間を有効活用できるようになり、保育士が園児と向き合える時間が増えたと感じています」


コドモンの小池社長によると、保護者からも「アプリなら通勤中に連絡帳入力ができる」と好評のようだ。

また、「今まで降園時に連絡帳を返すには、午睡時間に記入を終えなければならず、午睡後の活動について記録するのが難しかった。ですが、アプリなら園児の降園後でも、その日のうちに入力できればいいので、午後の活動内容も連絡帳に残せるようになりました」(小池氏)と、CoDMONを使うメリットについて話した

コロナ禍により導入への追い風も吹いた。CoDMONは「11月時点で9000超の施設が導入、この1年間で3000施設ほど増加しました」(小池氏)。休園になっても保護者とコミュニケーションを図れる体制や、保育士が出勤できなくても事務作業ができる体制を作っておきたいというニーズがあったという。

行政も率先して保育士業務の見直しが必要

一方、明日葉園の宇佐美園長に保育ICTシステムの今後の課題について尋ねると、監査書類の作成に関わる課題が挙がった。

保育所指導監査は、児童福祉法に基づき、都道府県・政令指定都市・中核市が年1回以上の実地検査(企業主導型保育施設については、児童育成協会による年1回以上の立ち入り調査)を行うものだ。監査にあたっては、出欠簿や保育日誌、保護者向けのお便り、連絡帳など大量の書類準備や、監査に対応する人員の確保も必要となる。

「例えば、午睡チェック時の室温や湿度などの情報は、自治体によっては監査で必要な場合があります。現行のCoDMONでは、午睡チェックの項目に室温・湿度の入力箇所がないので、監査時は、室温や湿度を記入した別の記録と一緒に提示する必要がある。必要に応じて入力項目をカスタマイズできれば便利だと感じています」(宇佐美園長)

これに対し、小池氏は「監査項目は自治体ごとに異なり、しかも数年で変更されることも多い。全自治体の監査項目を年度ごとに調べて、園によってカスタマイズできるシステムを作るより、園にとって必要な情報を出しやすくすることがわれわれの役目だと考えています」と言う。

筆者も実際にいくつかの自治体の監査項目を調べてみたが、必須項目がわかりづらいうえ、自治体ごとに少しずつ監査項目が異なっていた。確かに、全自治体の監査項目を毎年調べ、変更されるたびにシステムに反映するのは現実的ではない。

今回の取材で、保育に関わる人たちが口を揃えて言ったのが、「人がやらなくてもいい業務の時間を、少しでも子どもと向き合う時間にしたい」ということだった。

保育ICTシステムの発展で、保育士の「人がやらなくてもよい業務」は軽減されつつある。しかしながら、煩雑な監査項目など、保育ICTシステムだけでは解決できない部分もあるのが現状だ。

北から南まで気候も環境も異なる日本で、地域ごとにチェックすべき項目が多少異なるのは致し方なく、また子どもの安全のためのチェック項目であることは十分理解できる。しかし、基本となる監査項目については、全国で統一できるのではないだろうか。そうすれば監査に合ったシステムを作ることができ、保育士の書類作成など業務負担の軽減につながる。

そのためには行政が率先して、保育士の業務を見直していかなければならない。それが結果的に保育の質を高め、子どもたちの環境、そして未来をよりよくすることにつながるのではないだろうか。


------------------------------------------------------------------------------------------------

コメント