豪雨で孤立した園児57人 「普段通り」でパニック防いだ幼稚園 最新鋭車両が無事救出【災害 生死を分けた判断】



千葉日報
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送迎バス近づけず

19年10月25日のあの日。台風21号や低気圧の温かく湿った空気が流れ込み、東日本の太平洋側で強い雨が降った。房総半島に大きな被害をもたらした、いわゆる「房総豪雨」だ。  作田川は九十九里平野のほぼ中央部を流れ、太平洋にそそぐ二級河川。JR総武本線の日向駅から徒歩10分ほどの日向幼稚園は、同川の上流部、同市雨坪の海抜約30メートルの高台にある。昨春に統合して他の地域に移転した市立日向小学校と同じ敷地内だった。  豪雨当時、研修で園に不在だった園長に代わり現場職員のトップを務めたのは、当時副園長だった山下利恵さん(53)=現在、市立なるとうこども園副園長=。「だんだんと周囲が暗くなって、子どもたちは心細くなって…。救助が終わった時は本当にほっとした」と、あの日を思い返す。  山下さんは当日の午前中にあったプールの授業を終え、正午過ぎに自家用車で幼稚園に戻った。園がある高台下の道路を見て、「水はたまっているが、普通に車は通れるな」と当初は思った。

だが、時間が経つにつれて状況は悪化した。  雨は激しさを増し、道路の状況を踏まえて通常は午後3時の降園時間を30分早め、同2時半とした。だが「バスが行ける状態ではない」。園児が普段利用する送迎バスが道路の冠水で近づけないという連絡が幼稚園に入った。  水位が膝ぐらいの道路を通って園児を連れて帰った保護者もいた。が、多くの保護者は園にたどり着けない。離れた場所に車を置き、胸ほどの高さがある水をかき分けて園に着いた父親がいたが、到着すると「今の道を通り、子どもを抱っこして連れ帰る自信がありません」と話した。結局、父親は一人で戻り、子どもは幼稚園に留め置いた。  園は送迎を危険と判断。午後3時ごろに「子どもは園で預かり、保護者は自宅待機をお願いする」と保護者にメールを送った。

日本に2台の先鋭車両が出動

作田川の氾濫で幼稚園前の道路はさらに冠水し、最大で水深1・5メートルほどになった。園は市子育て支援課に冠水状況を報告。市災害対策本部から救助要請を受けた山武郡市広域行政組合消防本部は中型水陸両用車を出動させた。  同車両はタイヤの代わりにキャタピラ、後方には二つのスクリューを持ち、不整地や泥の中、水上を走ることができる。愛称は「赤い砦(とりで)」を意味する「レッド・バスティオン」。当時、日本に2台しかなかった先鋭車両は、東日本大震災で津波被害を受けた沿岸部と河川氾濫の危険がある丘陵地帯を有し、臨機応変に救助に臨まなければならないこの地域特有の事情から、国から配備されていた。

大人の不安な顔を見せない


園児の被災時に幼稚園が心掛けたことは何か。「子どもを不安にさせないことに注意した」と山下さんは強調する。  幼稚園は高台にあり、建物に被害はなかった。水道や電気、ガスも普段通りに使えた。しかし、本来の降園時間である午後3時から時が経ち、夕方になって周囲が暗くなり始めると、児童は敏感に普段とは違う雰囲気を察知した。  園は小さな体育館ほどの広さがある遊戯室に園児全員を集め、「ここはブロック遊びの場所」「ここは工作ができる場所」と園児に話し、いつも通りの遊びをさせた。  各教室で待たせず一つの場所に集めたのは、全員で賑やかな状況を作るため。ブロックや折り紙で遊ばせて気を紛らわせたほか、「大きなかぶ」などの童話を集めたDVDを児童に鑑賞させた。  保護者の迎えが来ないことや空腹で不安がる子どもも出てきた。泣き出す子どももいた。山下さんたちは「もうすぐ迎えが来るからね」「おうちの人が待っててくれているからね」と声を掛けたり、備蓄していた非常食のアルファ米でおにぎりを作って食べさせた。  職員も当然不安だったが、表情には出さなかった。「不安そうな顔をしないようにしよう」。職員同士で心掛けたのは「普段通り」の保育。約30年間、保育に携わる山下さんは「子どもたちはすぐに大人の顔色を察する。職員が不安そうにすると、子どもは『先生たち、どうしたの』と思う」と説明する。一方で、山下さんはだんだんと怖がる子どもが出てくることを想定し、「子どもの変化を注意して見てください」と職員に呼び掛けた。  山下さんは東日本大震災の際も園児の避難対応を経験した。地震と比較し、豪雨での孤立は「周りの物が倒れる地震と違い、目に見えて危険が迫っている状況ではない」。だが、段々と不安が園児を襲いかねない。細やかに不安の芽を摘んでいくことが重要だった。

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